「さっきはごめん、驚かせちゃったね。」

「ううん、大丈夫。それより菊さんはもう大丈夫なの?」

今は夜半過ぎ。

お風呂に入ってさっぱりした北斗は、火照った体を冷ますついでに縁側に座って月を眺めていたところだった。

そこへ兇が現れ先ほどの騒ぎの事を謝ってきた。

「うん、もう落ち着いたみたいだって、さっき母さんが言ってたよ。」

「そっか、良かった。」

台所での惨事を多小なりとも気にしていた北斗はほっと胸を撫で下ろす。

「ここいい?」

「あ、うん。どうぞ」

兇は了解を得ると隣に腰掛け、北斗と同じように月を眺めた。

―――うわぁ〜、鈴宮君の浴衣姿初めて見た。

兇も風呂上りなのだろう、湿気を纏った体を夜風に晒し気持ち良さそうに目を閉じていた。

そっと兇を盗み見ると、月明かりに照らされた兇は妙に色っぽく北斗の目に写った。

湿った髪に少し赤みを帯びた頬、男物の浴衣の前は鎖骨の辺りまではだけており、時折同じシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。

下がったはずの体温が一気に上がっていくようで、思わず北斗は視線を戻した。

ドキドキする心臓とは裏腹に、同じ浴衣を着ていてもこうも違うのかと自分の着ている浴衣を見下ろしながら、色気の無い自分に落ち込み小さく溜息を吐いた。

鈴宮家の寝巻きは浴衣だ。

当然北斗も浴衣を着てはいるが、慣れないうえに帯は片結び、襟元は首の所まできっちり隠したその姿は、風情もへったくれもない有様だった。

「那々瀬さんは?」

「え?」

「那々瀬さんは落ち着いた?

「え、あ・・・うんだいぶ落ち着いてきたよ。」

突然言われた言葉に、さっきの動揺を悟られたのかと一瞬驚いた。

だがすぐに違うことだと気づく。

何故なら北斗を見つめる兇の眼差しがとても優しくどこか気遣うようなものだったからだ。

心の中がほんのりと温かくなった様な気がして、にっこりと微笑みながら頷いた。

事件から3日が過ぎようとしていた。

でもまだ3日。

本当は全然落ち着くわけもなく、立ち直ってさえいない。

こういう場合、一番に気遣い側にいるはずの親は今はいない。

肝心の父は遠い外国にいてこちらには当分戻れないらしい。

母は・・・・母も当然側にはいられない。

でも、何故か寂しいとは思わなかった。

それはきっと親友の若菜や兇達がいてくれるから。

それにこの家も広くて温かくてみんな良い人ばかりだからだろう。

そう思うとなんだか嬉しくなってきた。

ふと視線に気づいて顔を上げると、兇と目が合った。

あの優しい眼差しのまま北斗を見ていてくれた。

自然と顔が綻ぶ。

お互い暫くの間微笑み合っていた。

「俺が守るから。」

「え?」

「俺が那々瀬さんを守るから。」

だから安心してここに居て欲しい。

兇の言葉が優しく胸に染み込んでいく。

染み込んで染み込んで、心の奥深くに触れたその言葉に。

北斗は知らず涙を流していた。



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