「ここが?」

「うん、ここだよ。」

「ふふ、ここだねぇ〜。」

三人は辿り着いた場所を見上げながら呟いた。

「ここって。」

北斗は見覚えのあるこの教室に目を瞠った。

ここは以前、自縛霊たちに誘われそうになった場所だった。

おいでおいでとこちらに手を振る光景が甦りそうになり、北斗は慌てて頭を振って無理矢理記憶から消した。

そうしなければ恐怖で足が動かなくなりそうだったから。

ここのお陰で兇と仲良くなれたのに、まさかここに来たせいであんな怖い目に会っていたのかと思うと、何ともいえない気持ちになった。

俯いていた北斗は肩に温もりを感じて視線を上げると、心配そうな顔で自分を見つめる兇と目が合った。

北斗は慌てて笑顔を作りながら「大丈夫だ」と伝える。

兇は北斗の手を取るとぎゅっと強く握り返してくれた。

それだけで十分だった。

私は守られているんだと勇気が沸いてきた。

反対側の猛にも、にこりと笑顔を向けながら大きく頷くと、その教室へと一歩足を踏み入れた。

踏み入ったその教室の中は他の教室同様に荒れ放題に荒れていた。

誰が悪戯したのか机や椅子は散乱し、壁には落書きがされ、窓ガラスは割れて床に散らばったままになっており、その上には厚い埃が溜まっていた。

そして、その教室の真ん中に視線を向けた北斗は息を飲んだ。

そこには――青白い光が蹲っていた。



教室の真ん中で微動だにしないその塊を、警戒しながら様子を覗う兇達の耳に微かにすすり泣く声が聞こえてきた。

 暗い  怖い  寒い  寂しい

そのすすり泣く音に混ざって、ぽつりぽつりと重なる声。

 痛い  苦しい  見えない  見えない

その声はだんだんと大きくなっていき悲痛な叫び声へと変わっていく。

その声に比例して青白い光はゆっくりと立ち上がると、その輪郭が徐々に人の形に変化する。

立ち上がった光がゆっくりとこちらに顔を上げるのと同時に頭の中に一層大きな声が響いてきた。

 憎い

頭の中でこだまとなって鳴り響く声に北斗は思わず耳を塞ぐ。

 どうして私が  ひどい  酷い  ヒドイ

尚も聞こえてくるその声は段々と感情を含んだ言葉となっていく。

鳴り止まない頭の中の声に苦痛に顔を歪ませながら北斗は目の前の光の人物を必死に見る。

その人物は自分と同じ年頃の女性だった。

黒い髪を肩の所で綺麗に切り揃え、小柄なその体には制服を身に着けていた。

憎悪と悲しみに顔を歪ませてはいるが端正な顔立ちをしていることが見て取れた。

少女の目からはいく筋もの涙が流れ、畏怖の念をその口から吐き出している。

何故か胸が苦しくなった。

彼女にあるのは怒りと憎しみ。

そして―――悲しみだけ。

知らず北斗の瞳から涙が零れ落ちた。

 なんで  なんで  私ばかり!!

その少女はそう叫ぶとギョロリと目だけを北斗に向ける。

一拍の間を置いた後、彼女の背後からあの黒い触手が飛び出し北斗に襲い掛かってきた。

「きゃあ!」

それは一瞬の出来事だった。

伸びてきた触手から北斗を庇っていた兇達の隙をつき、一本の触手が北斗の体を絡め取った。

触手はそのまま素早い動きで北斗を天井まで持ち上げると、少女の目の前に北斗を降ろした。

「那々瀬さん!」

「北斗ちゃん!!」

二人は切羽詰った叫び声を上げる。

行く手を阻もうとする触手を乱暴に引き剥がすと兇は走り出した。

北斗の体を引き戻そうと腕を伸ばした瞬間。

どかっ

鈍い音が響いた。

「鈴宮君!」

触手に薙ぎ払われた兇は壁にぶつかりそのままずるずると倒れ込んだ。

ぴくりとも動かない体に北斗は驚愕し兇の元へ駆け寄ろうとしたのだが

無数の触手に周囲を囲まれてしまった。

「いや、鈴宮君!鈴宮君!」

北斗はその場に膝をつくと涙を流しながら叫んだ。

「兇く・・・ん」

ぼろぼろと涙を零す北斗の背にひやりと冷たいものが触れた。

振り返ると先ほどの少女がうつろな瞳で北斗を見下ろしていた。

自身に迫る危険を思い出し北斗は「ひっ」と小さく悲鳴を上げると後退りした。

 ずっと一人だったの

「え?」

恐怖に怯える北斗の袖を掴みながら少女はぽつりと話し出した。

 暗くて怖くて寒くて・・・寂しかったの

「寂し・・・かった?」

 うん

彼女が頷くと北斗の頭の中に見たことのある景色が見えた。

「これは・・・」

学校?

見たこともない教室が頭の中に映像として甦っていく。

さながら古い映画を見ているような錯覚に北斗は内心混乱していた。

そこは北斗の知らない古びた教室だった。



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