「それは確かなんだろうな?」

夕刻、兇が学校から帰宅すると新たな進展があった。

「ああ、あそこで昔事故が遭ったらしいよ。」

どうやら猛は兇が学校へ行っている間に色々調べてきてくれたらしい。
帰ってきた兇を部屋で待ち構えていたと思ったら「神隠しの原因がわかったよ!」と、嬉しそうに得意の笑顔で言ってきたのだった。
そんな猛の話に兇は怪訝な表情を浮かべながら聞き返した。

「小学生の男の子なんだけど、なんでも池に落ちて亡くなったらしくてね。」

「池で?」

猛は訝しげに聞いてくる兇に頷くと、小さな黒い手帳をぱらぱらとめくりながら真剣な顔つきで言ってきた。

「昔あそこには大きな林があってね、そこに池もあったらしい。でも区画整理で道路が作られる時に埋め立てられちゃったみたいだけどね。」

「もしかして、あの交差点の場所に池が?」

「かもしれない。ただ、なんで今頃になって神隠しが起こったかなんだよ・・・・区画整理があってから今までそんな現象があったという記録は無かったんだよね。」

「どういうことだ?」

「さあ?何か原因があると思うんだけど・・・・。」

一通り話し終えると二人は押し黙ってしまった。
しばらく黙考した後、兇があることにはっと気づく。

「まさか・・・道祖神が壊れたせいで!?」

「どういうこと兇君?」

兇の言葉に猛が驚いたように顔を上げる。
兇は猛に視線を移すとあの交差点での出来事を話した。

「そうか・・・・、道祖神が無くなったお陰で、どうやら今まで封印されていた場所と繋がっちゃったみたいだねぇ〜。」

猛は口元に手を当て暫く考え込むと結論を言葉に乗せて伝えてきた。

「みたいだな・・・・。」

猛の言葉に兇も頷く。

「こうしちゃいられないね兇、思ったより事態は一刻を争うようだよ。」

「え?」

「考えてみてごらんよ、あそこにあった道祖神がなくなった今、道は開いて被害は前より酷くなっているんだ。」

「どういうことだ?」

猛の言葉に兇は目を瞠る。
兄の言わんとしている内容が理解できず困惑の表情をする弟に猛は「あっ!」と慌てた素振りを見せた。

「?」

「いや〜ごめんごめん、そういえば言って無かったよね〜。あの後また被害が出ちゃってて、もう5人も人がいなくなっちゃってたんだよ〜!しかも子供が!!(笑)」

てへ♪と頭を掻きながらそう謝罪してくる兄に兇の表情がみるみる変わっていった。

「それを早く言え!それを〜〜〜〜〜こんの・・・・・バカ兄貴!!!!」

言うが早いか兇は猛に罵声を浴びせると走り出す。
それに続いて猛も「いや〜申し訳ない。」と苦笑と共に謝罪しながら後に続いた。
ばたばたと廊下を走っていく兄弟に、丁度夕食の用意を終えて呼びに来ていた清音が目を丸くしながら呼び止めてきたが今はそれどころではない。
母の静止の声を無視し勢い良く玄関を開けた兇達は・・・・

何故かそこではた、と立ち止まった。

突然の状況に一瞬固まる。
目をぱちくりと瞬いて目の前を凝視する。
そこには――

北斗の父――那々瀬 和夫――が立っていたのだった。





「どうぞ。」

「いや〜清音さんお構いなく。」

お茶を出してきた清音に北斗の父和夫は笑顔になりながら遠慮する。

あの後、突然鈴宮家へ押しかけてきた和夫に、兇達は何かあったのかと慌てたのだが。
当の和夫は清音の顔を見るなり――

「いや〜清音さんお久しぶりです♪北斗の奴はご迷惑おかけしておりませんでしたかな?」

と言って、清音の手を取ると満面の笑顔でそう言ってきたのだった。
それを見た兄弟は一瞬でジト目になる。
そこは男同士、なにかピンと来るものがあったのか兄弟共に目頭を押さえるとやれやれと言って小さく溜息を零すのであった。

「あ!ところでうちの娘は今どこに?」

客間に通され清音との久しぶりの再開を十分堪能した後、和夫は思い出したように娘の現況を聞いてきた。
その言葉に兇と猛はお互い顔を見合わせる。

「えっと・・・今那々瀬さんは・・・・。」

「?」

口篭る兇達に和夫が首をかしげていると、隣から助け舟が出された。

「その・・・北斗さんは今ちょっと出かけていますのよ。」

「そうですか。」

機転を利かせた清音の言葉に和夫は眉根を下げながら頷いた。
温かいお茶をすすりながら残念そうにする和夫を見て少し気の毒に思えてしまった。
暫しの間沈黙が落ちる。

「ではそろそろ・・・・。」

本来の目的である娘の不在を知ると、父和夫は御暇(おいとま)しようと腰を上げる。



「・・・・お待ちください。」



その時、和夫を引き止める声が上がった。

「母さん?」

和夫を引き止めたのは意外にも清音だった。
驚く兇と首を傾げて様子を窺う和夫を交互に見ながら清音は言葉を続けた。

「申し訳ありません。嘘をついておりました。ご心配をかけまいと黙っておりましたが。ここはやはりお父様にもきちんとお伝えしておかなければと思いまして・・・・・本当は・・・・・北斗さんは今、行方不明になっているのです。」

「行方不明?」

清音の突然の告白に和夫は目を瞠る。
「それはどういうことですか?」と説明を請う和夫に清音は目を伏せると頭を下げた。

「私達の不手際で北斗さんは神隠しに遭ってしまいまして・・・・今息子達が全力で探しております。大切な娘さんを預かっておきながらこんな事になってしまいまして申し訳ありません。」

「神隠し?」

「本当に本当に申し訳ありません。」と頭を擦り付けんばかりの勢いで清音は謝罪した。

「いえ、俺が悪いんです!」

堪らず兇も加わる。
しかし親子二人が必死に頭を下げる中、和夫はどこか呆然とした様子でいた。

「北斗が・・・・神隠し・・・・まさか、また?」

目を見開いたまま焦点の合わない様子で和夫はぽつりと洩らす。
その言葉を聞いた兇達親子は顔を見合わせた。

「和夫さん?」

俯き一点を見つめ続ける和夫に清音が困惑した表情で聞き返す。
しかし和夫は聞こえないのか俯いたまま黙っていた。
その時、しばし落ちた静寂を壊すかのように携帯音が部屋の中で響き渡った。

「おっと、失礼。」

猛はポケットからけたたましく鳴るそれを取り出すと、部屋から出て行ってしまった。
廊下から猛の声が微かに聞こえてくる。
暫くして猛が部屋へと戻ってきた。

「兇、神隠しの新たな情報が入ったよ。」

部屋に入るなりそう言ってきた猛に一同顔を上げた。

「何かわかったのか?」

真剣な顔で聞き返す弟に猛は早口で用件を伝えた。

「例の交差点、色々調べさせていたんだが、ある特定の時間帯にだけ神隠しが起こっていた事がわかったよ。そしてその時間は・・・・兇、君があの時北斗ちゃんを見失った時間と一致したんだ。」

「本当か!?」

「ああ間違いない。彼女はまだあそこにいる!兇、時間が無い急ごう!」

時計を見ながら言う猛に兇は頷くと席を立つ。

「母さん、後はよろしく。」

ちらりと放心状態の和夫を見た後、心配そうに見上げてくる母にそう言うと母は「任せなさい。」と力強く頷いてくれた。
それを確認した兇は顔を上げると猛を見遣る。
兄弟小さく頷き合うと急いで家を後にするのだった。



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