「一時的な精神の混乱でしょうねぇ。」
夜半過ぎ――
鈴宮家の居間では、あれから家に戻った兇達が北斗の容態を診た保から説明を受けていた。
しんと静まり返る一同。
「俺達がついていながら情けないな。」
「ですねぇ。」
ぽつりと零した猛に保が情けない顔で頷く。
そんな二人の言葉を聞きながら兇はギリッと唇をきつく噛み締めていた。
本当に情けない。
自分で何とかすると言っておきながらこのていたらく。
情けなくて涙が出てくる。
あの悪霊に北斗を会わすべきではなかった。
なかなか所在を掴む事のできない悪霊に痺れを切らせて、北斗を見張れば悪霊を捕まえるられる、と言い出した保の言葉に乗ってしまった自分が許せなかった。
彼女を守ると誓ったのに結局彼女を危険な目に合わせそして傷つけてしまった。
「兇君」
己の馬鹿さ加減を呪っていると猛が声をかけてきた。
冷めた目で見上げると兄の顔で見下ろす猛と目が合った。
何故そんな顔で見下ろしてくるのか意図の読めない兄に兇は更に視線を鋭くして「なに?」と短く聞き返す。
「兇・・・・彼女がああなったのはお前のせいじゃないよ・・・・いずれは彼女も思い出さなきゃいけないことだったんだ。」
その言葉を聞いて兇の瞳がみるみる見開かれていった。
「もしかして・・・・最初から知ってたのか?」
信じられないといったような顔で見上げてくる弟に猛は気まずそうに頷いた。
「彼女のことは最初から知っていたよ、母親のことも彼女がそのショックで昔の記憶の一部が無いってことも。」
猛は静かな声で言いながら話しだした。
昔、子供だけを攫う殺人鬼がいた。
その男は真っ黒いコートに同じ色のつばの広い帽子を身につけ黄昏時に幼い獲物を求めて各地を彷徨っていた。
丁度とある町に辿り着いた男はそこで北斗を見つけ攫ったそうだ。
その時偶然彼女を連れ去るところを母親に目撃されてしまった。
必死になって追いかけてくる母親を振り切り人気の無い川原で北斗を殺そうとしたところ、追いついてきた母親に阻止されてしまった。
娘を逃がし犯人の男と乱闘になっている際、犯人が隠し持っていたナイフで刺され殺されてしまったそうだ。
そしてその時母親の機転で助けを呼びに行くよう言われていた北斗は数人の大人を連れて川原に戻ってきてしまった。
その時変わり果てた母親の姿を見てしまったショックで北斗は当時の記憶がなくなってしまったそうなのだ
これが事件の真相だと猛が言った。
猛の所属するあの機関で調べたのだろう、徹底的に調べ尽くすあの機関のことだ猛は早い段階から北斗の事を知っていたに違いない。
そう、彼女が鈴宮家に来た頃から。
「知ってて黙っていたのか?」
「ああ」
吐き捨てるように言う兇に猛は静かな声で答える。
「なんでだ?」
兇は猛をキッと睨みつけるように見上げると責めるように問うた。
「お前に言えばきっと探しただろう?」
アレは一人で手に負える相手じゃない、猛はそう言って兇の顔を真剣な顔で見返してきた。
いつにない兄の真剣な表情に今回の敵が生半可な相手ではないことを悟る。
「それにアレは元々親父が探していた相手だったしな」
「そ、猛君たらその事知って勝手に暴走しちゃったから誤魔化すの大変だったんだよ〜。」
「はあ!?」
敵の強さを知り、これからどうすれば?と考えていた兇に猛と保が爆弾発言を投下してきた。
いきなりの事で思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
目をぱちくりさせ、涼しい顔で世間話でもしているような二人を交互に見る。
「ど、どういう事だ?」
声が震えてしまったのは自分のせいではないだろう。
どこまでも自由を地で行くこの二人の行動に兇の思考はショート寸前だ。
「勝手に暴走って・・・・親父のって・・・・誤魔化すって、どういうことだ!?」
思わず声を張り上げていた。
思いのほか反応を見せる弟に二人はまずいと思ったのか、冷や汗を流しながら弁解を始めた。
「い、いや〜北斗ちゃんを狙っている悪霊が親父の獲物だって知ってさ、その・・・ついでだから倒しておこうと思って。」
「あははは〜猛君だから大丈夫だと思ったんですけどねぇ〜。」
さらにとんでもないカミングアウトを続ける二人の言葉に兇の肩がわなわなと震えだす。
「じゃああれか?猛が怪我したのも父さんが帰ってきたのも全部全部・・・・。」
「いやぁ〜悪霊に北斗ちゃんの事感づかれたのは誤算だったよ。」
あの悪霊鼻が良いみたいでさ〜、と今回の大元凶の主が頭を掻きながら申し訳なさそうに言ってきた。
―― ぷっつん ――
その瞬間キレる音が二人の耳に聞こえてきた。
ずごごごごごぉ〜〜と兇の背後から黒い何かが噴出すのが見えたとか見えなかったとか。
「こんの、くそ兄貴!!!」
ぐごしっ!
草木も眠る丑三つ時
鈴宮家の居間から物凄く鈍い音が響いたのだった。
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