「おはよう兇君。最近変わりはないかい?」
朝学校に着くと、またもや光一が目の前に現れた。
「ちっ」
兇は内心小さく舌打ちする。
「ちって言った?まさか、ちって言ったかおい!?」
心の中で舌打ちしたはずが声に出てしまっていたようだ。
「何がだ?」
兇は悪びれもせずしれっと答える。
「冷たい!冷たいね〜お前。親友だろう!なあ、困ってる事あったら真っ先に言う!これ親友の醍醐味!!」
―――またわけの解らないことを・・・。
光一の意味不明な言動はもはや当たり前になった兇は、そのまま無視を決め込み自分の席に座った。
「んで、めくるめく夜はどうだったのかなぁ〜?兇君♪」
「ぶふっ」
耳元で囁いた光一の言葉に、兇はおもいきりむせた。
「お、おま、何言って?」
「ん、ふっふっふっふ〜♪甘いな兇。俺の情報網を見くびってもらっちゃ困るぜ。!」
ちっちっち、と人差し指を左右に振りながら光一が自慢げに言う。
「情報網ってなんだ?情報網って!」
光一の自信満々な態度に嫌な予感を感じつつ問い詰めてみると、案の定光一の口から不吉な単語が出てきた。
「いやぁ〜だってさ〜、学校中の噂だぜ、お前と那々瀬が一つ屋根の下に暮らしてるってこと。て、お〜いどうした〜兇?」
―――やっぱり!
嫌な予感的中!!その衝撃的な言葉に、兇は片手で顔を覆いながら盛大な溜息を吐いた。
急に落ち込んでしまった兇を見て光一は首を傾げた。
「なあなあ、何で落ち込んでるわけ?」
「何でって・・・。」
「だってさ〜、那々瀬とデキてるって事になってるん
だぜ?普通好きな奴と噂になったら喜ぶんじゃねぇの?」
―――そうだった、こいつには話してなかったんだっけ。
「光一、昼休みに話がある。」
「はいはい〜恋の相談なら聞くぜ〜♪」
からかう口調で言いかけていた光一は、兇の真剣な表情に気づくと「あ〜はいはい、まじめな話なのね」と肩を竦めてみせた。
「へぇ〜、そりゃまたすごい経験したなぁ〜。」
学食で買ってきたパンをかじりながら光一が素っ頓狂な声をあげた。
今は昼休み、人の少ない屋上に兇と光一はいた。
大事な話があるからと兇に連れられて来た光一は、先ほど話の一部始終を聞いて驚いていた。
「んで、犯人捕まったのか?」
「いや、まだみたいだ。」
光一には若菜と同様、話の核心は伏せて説明しておいたので”北斗は見知らぬ誰かに襲われた”という事になっている。
ついでに言えば、クラスメートや学校側には”古いガスコンロのせいで火事になった”という事になっている。
「この話、皆にちゃんと言った方がいいんじゃねえの?」
「いや、やめた方がいい。まだ誰が犯人かも分からないんだ、もし学校の誰かだったらどうする?変に刺激しても危険なだけだ。それに、那々瀬さんが事を大きくしたくないって言っていたからな。」
「へいへい、お姫様の頼みじゃ仕方ないよなぁ〜♪」
「んなっ、そんなんじゃない!」
からかいを込めた言葉に、いちいちムキになる兇を見て光一はくすくすと肩で笑うと、ついと兇に詰め寄った。
「んで、その犯人だけど、なんで俺や若菜じゃないってわかるんだ?」
もしかしたら俺たちかも知れないんだぜ?と挑発めいた事を言いながらにやりと笑った。
「それは無い。」
きっぱりと言われ、光一は目をまん丸にしながら兇を見た。
「いや、なんで?」
「なんでって、お前達じゃ考えられないからな。」
「いや、だってお前・・・」
「あの日、校舎で覗いてたのお前達だろ?」
「へ?」
「教室」
「うっ」
「双眼鏡」
「うおっ」
「気持ち悪い笑い方だったな」
「なっ、お前聞こえてたのか!?」
兇の衝撃的な言葉に思わず悲鳴にも似た声を上げながら後ろに仰け反った。
その顔は恐怖に怯えるそれで真っ青になっている。
「て、青柳さんが言ってた。」
「え、て・・・あいつぅ〜〜〜!!」
「覗き魔め。」
「んなっ違う!俺は陰ながらこっそりとだな」
「ま、そのお陰でお前達は犯人から除外されたってわけだけどな。」
必死で言い訳する光一に兇は意地の悪い笑みを向けた。
「う、ま、まあそうなんだけど、つうか俺がそんな事するかよ!」
心外だと言わんばかりの光一の表情に兇はぷっと噴出すと。
「最初から思ってねーよ。信用してるからな。」
親友なんだろ?と言いながら光一を見上げるとにっと笑って見せた。
「おおそうだ!わかってんじゃねぇ〜か♪」
兇の言葉に気を良くした光一はずいっと兇の近くに寄ると、にかっと満面の笑顔で頷いた。
「んで、めくるめく夜は・・・ぶっ」
調子に乗った光一の顔面に兇の裏拳が容赦なく炸裂し、光一はばったりと後ろに倒れて気絶してしまった。
「まったく。」
完全にのびた光一をジト目で見ながら溜息を吐く。
「めくるめく夜ね・・・。」
兇は先ほどの光一の言葉を呟くと、昨夜北斗と縁側で話をしたときの事を思い出した。
あの時、落ち込んだ北斗を安心させようと思わず言ってしまった本音に改めて赤面してしまう。
『俺が那々瀬さんを守るから。』
特に言うつもりは無かった。
そんなものは心の中だけで思っていればいいし、相手に伝えて押し付けるつもりも無かった。
ただ、あの子の笑顔が見たかっただけ、安心して笑って欲しかっただけだった。
そう思ったら勝手に口から出ていた。
今思い出だすと恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
―――当分彼女の顔はまともに見れそうもないな。
そう心の中で呟いて赤くなった頬を隠すように膝の間に顔を埋め腕で覆った。
目を閉じると、あの時の光景が鮮明に浮かび上がってきた。
自分が言った科白を聞いたときの彼女の顔。
どうして泣いていたのか、なぜ泣いたのか、その事が今でも気がかりで時々彼女の行動を目で追ってしまう自分がいた。
自分は何か彼女を傷付けるような事を言ったのだろうか?彼女はあの時何を思っていたのか?
結局「何でもないよ、急に泣いちゃってごめんね」と逆に謝られてしまい、それ以上追及することができなくなってまった。
しかもあの後、突然現れた菊が驚かせてしまったお詫びにと言って、北斗に羊羹を持ってきてくれたお陰である意味丸く収まってしまったのだが。
今日の彼女はいつもと変わりない様子だったなと、ふと今朝の様子を思い返す。
そして、自分は昨日から随分彼女の事ばかり気になっていたのだなと気づき、苦笑してしまった。
こと彼女の事になるとどうしても落ち着いていられなくなる。
いつものようにできないのだ。
事件のあった時も、彼女と帰れるという出来事に浮き足立ってしまい、どこをどうやって彼女の家まで帰って来たのか実はよく覚えていなかった。
ただ、彼女を守らなければと必死だった。
いつからつけて来たのか、得体の知れない”何か”が彼女の後を付いて来ていたのだ。
気づいたのは駅を降りてからだ。
何度も彼女を暗闇に誘い込もうと機会を狙っていた。
そして気がついたら彼女の家の中にいて、あの事件が起こった。
何とか彼女を守れた事に安堵していると、別の意味で不安がよぎった。
そういえば、彼女の家に着くまで自分はどうしていたのだろう、と。
―――何か色々失礼な事をしてしまったような、嬉しかったような残念なような・・・。
無我夢中だったため、自分の行動がよく思い出せない事に兇は頭を抱えていた。
今度一緒に帰るときはちゃんとしていようと心に誓う兇であった。
≪back NOVEL TOP next≫