その肌理細かな肌をそっとなぞる。
頬から顎へ
何度も何度も
冷たい指先でそのラインを辿っていた女は視線を上げた。

にたり

その美しい顔に思わず笑みが零れる。
目の前には愛しい人。
求めていた相手が今己の側に居るという事実に、女は嬉しそうに笑った。

ふふ、ふ

くふふふ

ダイ・・・スキ

引き攣った笑いを青白い顔に浮かべながら女は呟く。
瞳を爛々と輝かせながら
獲物を捕らえた肉食獣のように。
ゆっくりと
ゆっくりとその首に冷たい腕を回した。
そしてうっとりと恍惚な表情をしながらその耳元で囁いていた。

「兇・・・サマ」





はぁ、はぁ、はぁ。

北斗は走っていた。
薄暗くなったその道を。
先を走る猛の後を必死に付いて行っていた。

「北斗ちゃん、僕から絶対離れないでね!」

前を走る猛が北斗を振り返りながらそう叫ぶ。
北斗はその言葉に「はい」と大きく頷いた。
これから向かう場所は危険な所。
北斗たちが探していた「あの人」が居る。
これから起こる危険な予感に、北斗はごくりと喉を鳴らすと前を走る猛に追いつくべく足に力を込めるのだった。



走って走って
校舎から外へ
正面玄関を抜けて横の渡り通路をつっきる
そして体育館の横を抜けて裏にある倉庫へ
走って走ってやっと辿り着いた北斗の目に飛び込んできたのは

「高円寺さん!!」

薄暗い闇の中
爛々と光るその瞳が印象的だった。
暗闇の中にぽつりと浮かぶその光
人間の瞳ではないその目に北斗は思わず息を飲む。
そして
高円寺魅由樹の直ぐ近くにいる人物に思わず立ち止まった。

「鈴宮君!?」

北斗は驚きのあまり目を見開きながらそう叫んでいた。

「兇!!」

同じく一緒に駆けつけた猛もここには居ない筈の弟の姿に驚いていた。

「何してるんだお前?」

いつにない焦りの色を含んだ声。
兄の声に兇はゆっくりと振り返った。

「こっちに来るな。」

振り返った兇は静かに告げる。

「僕が何とかする。」

兇はそう言うと、魅由樹の方へと向き直ってしまった。

「兇!」

猛が叫ぶ。
しかし返事はない。
猛の声を無視して兇はゆっくりと魅由樹の方へと歩いて行く。

「す、鈴宮君!!」

北斗は思わず叫んだ。
その声に兇は一瞬歩みを止める。

「那々瀬さんはそこに居て。」

俺が何とかするから。
兇はそう言うとまた歩き始めた。
そして、魅由樹の側に行った兇はゆっくりと口を開く。

「来てくれたんだ、ありがとう」

兇はそう言って極上の笑顔で微笑んだ。



魅由樹は歓喜していた。
目の前には待ち望んでいた彼が居たから。

「て、ててて手・・・紙。」

魅由樹は呂律の回らない舌で必死に言葉を紡ぐ。
だらりと垂れ下がった腕を顔の前に持ち上げて、持っていた紙切れを見せてきた。

「見てくれたんだ、それ。」

掲げられたその紙切れを見ながら兇は嬉しそうに微笑む。

「き、きキキキ・・・・来タ。」

魅由樹はさらに引き攣る舌を動かしてそう言ってきた。

「うん、僕はここにいるよ。」

兇はそう言うとゆっくりと手を差し出す。
それに導かれるように魅由樹は拙い足取りでゆっくりゆっくりと兇の元へと近づいて行った。
そして、その冷たい指を伸ばして兇の頬に触れる。
その瞬間、魅由樹は嬉しそうにぎこちない笑顔を作った。

「兇・・・サ・・マ」

恍惚とした表情で兇の名を呼ぶ。
その姿に北斗は何故か視線を逸らしてしまった。

なんか・・・・ヤダ。

唇を噛み締めて俯く。
しかし、それを猛の声が呼び止めた。

「北斗ちゃん、ちゃんと見てやって。」

「え?」

見上げると猛は真剣な瞳でこちらを見ていた。

「兇は君の為にやってるんだから。それに、何かあったら行くよ?」

いいね?と聞いてくる猛に北斗は頷いた。
そして兇と魅由樹の遣り取りを見届けるために視線を戻した。

「兇サマ・・・・」

「高円寺さん」

うっとりと己を見上げてくる変わり果てた魅由樹に、兇は静かに声をかけた。
その声に見由樹はキロリ、と視線を動かす。
魅由樹がこちらを見た事を確認した兇はゆっくりとこう聞いてきた。

「君は何を望むの?」


その言葉に魅由樹は目を瞠る。
そしてじっと兇を見つめた。

「わ、私ワ・・・・欲シ、イ」

たどたどしい口調で魅由樹は話しはじめた。
その様子を兇はじっと聞く。
離れた場所から北斗と猛も聞いていた。

「欲しい・・・ホシイ・・・・貴方・・・ガ」

「何故?」

魅由樹の言葉に兇はわざとらしく首を傾げた。
その言葉に一瞬魅由樹は押し黙る。
そして何かを考える素振りをした後こう告げてきた。

「淋シイ・・・カラ」

「何故淋しいの?」

兇は更に質問を繰り返す。

「ヒトリ・・・イヤ」

「一人?」

兇がそう聞き返した時――

「ダカラ・・・お前モ、一緒・・・・死ヌ」

無表情な顔で魅由樹がそう告げたかと思った瞬間、青白い右腕が振り上げられた。
ぎらりと光る長い爪。

「兇君!!」

刃物のようなその光に、離れて見守っていた北斗が声を上げた。

「北斗ちゃん下がって!」

猛が北斗を庇うように前に出る。
その瞬間、振り下ろされる腕。

ザシュッ

「イヤーーーーーーーー!!」

北斗の悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。

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