「へ?」
さすがにこれには猛も驚いた。
目をまん丸にさせて北斗の顔をまじまじと見下ろす。
「本気?」
猛は頬を引き攣らせながら北斗へ聞き返した。
「はい、ぜひお願いします。」
――かくれんぼ・・・・いつ以来だろう・・・・
北斗の眩しいくらいの笑顔を見ながら一瞬猛の脳裏に走馬灯が走った。
――僕、今年で何歳だったっけ?
自称永遠の20歳を謳う猛は珍しく己の歳を振り返ってしまった。
すると「くくく」と隣で押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
怪訝に思い隣を見ると兇が口元を押さえながら面白そうにこちらを見ていた。
「きょ、兇君今笑った?ねぇ、笑ったよね?」
米神にピシッと青筋を浮かべながら弟の方を首だけで振り向く。
「いや・・・でも猛が、かくれんぼって・・・」
口元をぷるぷると震わせながら兇は堪らないと笑い出した。
悪魔の笑顔のまま固まる猛。
――こぉんのぉ〜〜●●●めぇぇぇぇぇぇ!!
腹を抱えて笑い転げる弟に向かって猛は北斗には聞かせられないような暴言を胸中で吐き捨てた。
その時――
「鈴宮君も、かくれんぼやってくれるよね?」
笑顔のまま固まる兄と腹を抱えて笑い転げる弟に北斗の声が聞こえてきた。
その言葉に一瞬固まる兇。
次の瞬間、天と地は一変した。
「ぎゃははははは〜兇が、兇君がかくれんぼだって!?君いま幾つになったんだっけ?」
仕返しとばかりに今度は猛が腹を抱えて笑い出した。
その姿に兇は顔を真っ赤にさせて怒鳴り返す。
「お前だって同じだろう!!」
低レベルな兄弟喧嘩勃発!
「ふ、二人とも真面目にやってくださ〜い!!!!」
薄暗い林の中、ぽつんと佇む朽ちかけたお堂の中で、ぎゃあぎゃあと言い合う兄弟の間に入って北斗の絶叫が響き渡るのであった。
数分後――
薄暗い林の中で北斗が満面の笑顔で走っている姿があった。
「みんな隠れるよーー!!」
北斗の声に「きゃ〜」と可愛らしい甲高い声がいくつも続いていく。
「い〜ち、に〜い」
ばたばたと小さな足音が走り去る中で、どこかやる気の無い声が聞こえてきた。
そこには、池のほとりでしゃがみ込み顔を手で覆って数を数える長身の大人の姿があった。
結局あの後、北斗に兄弟喧嘩をいさめられしぶしぶかくれんぼに参加した。
そして公平に鬼を決めようとみんなでじゃんけんをして負けた。
――なんで・・・・遅出ししたのに、なんで負けるんだぁぁぁぁぁ!
猛はあっさりと負けて鬼になってしまった己へ胸中で叫んでいた。
猛の心の中とは裏腹に楽しそうな子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。
虚しく冷たい風が吹き付ける己の心に猛は半ばヤケになって立ち上がった。
もう数え終わった・・・鬼が動ける番だ!
猛はゆらりと動き出すともの凄い速さで走り出した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜悪い子はいねがぁ〜〜〜〜!!」
何だかちょっと間違えたフレーズを叫びながら猛は林の中へと走って行く。
暫くすると林の中から「キャーキャー」と楽しそうな声が響いてくるのだった。
「はぁぁァァっ!兇君み〜つけた〜〜〜〜〜!!」
「ちょっ、お前さっきから俺ばっかり狙ってるだろう!!」
今度は兇が鬼になったようだ。
子供達の笑い声が聞こえてくる。
子供も大人もみんな真剣にかくれんぼを楽しんでいた。
みんな走り続けて汗だくだ。
みんなが疲れた頃ふと北斗が気づいた。
「どうしたの?」
見ると幽霊の少年が池のほとりでぼんやりとしていた。
幽霊でも疲れるのかな?と北斗は不思議に思いながら少年へと近づいて行く。
北斗の様子に気づいた兇と猛はその様子を黙ってみていた。
少年のすぐ横まで辿り着くと、北斗は「疲れた?」と声をかけてみた。
すると少年は「うん。」と小さく頷いてきた。
――幽霊でも疲れることってあるんだ。
北斗は少年の返答に新鮮な発見を見つけて喜んだ。
「少し休もうか?」
北斗の言葉に少年は首を振った。
「それより僕、眠くなっちゃった。そろそろ家に帰るね。」
「え?」
少年の言葉に北斗は目を瞠った。
どう返していいのかわからず少年を見おろしていると、突然少年の輪郭がぼやけだした。
「あ!」
驚く北斗。
「那々瀬さん」
驚く北斗の側にいつの間にか兇が来ていた。
北斗の肩をぽんと優しく叩いてくる。
振り返った北斗は全てを理解した。
兇の手にはあの鈴でできた数珠が握られていたからだ。
「兇君、お願い・・・・」
北斗はそう言うと兇から離れる。
北斗の言葉に兇は頷くと少年へと向き直った。
り〜ん り〜ん り〜ん
優しい鈴の音が響きだす。
その音に誘われるように少年は目を閉じると輝きだした。
ゆっくりと宙に浮き上がる少年。
周りを見渡すと、先程まで一緒に遊んでいた子供達がぽかんとした表情でそれを見守っていた。
そして少年は薄っすらと眼を開けると皆を見下ろす。
「楽しかったありがとう!また遊ぼうね。」
少年はにっこりと笑顔で言うとすうっと霞のように消えてしまった。
後に残ったのはキラキラと光る少年の消えた軌跡だけ。
その美しい光に子供達は見とれていた。
そして――少年が消えた途端、景色が急に変わり気がつくと交差点のある林の中に戻っていたのだった。
狐につままれたような表情で辺りを見回す子供達。
「やったね北斗ちゃん。」
一部始終を黙って見ていた猛が北斗に近づき声をかけてきた。
「・・・・・・」
「北斗ちゃん?」
猛はぼんやりしている北斗を怪訝そうに見おろす。
「た、猛さん!な、なんですか?」
ゆっくりと顔を覗き込んでくる猛に気づき、はっと我に返った北斗は慌てて聞き返してきた。
そんな北斗を猛は不思議そうに見ていたが、ややあってにっこりと笑顔になるとこう言ってきた。
「いや〜ぼんやりしてる君も可愛いなって♪」
「な、何言ってるんですか?」
茶化す猛に北斗は顔を真っ赤にさせて下を向いてしまった。。
そんな北斗を見て猛はますます嬉しそうだ。
「はははは〜ごめんごめん、でも本当だからね。」といつものセクハラ発言を披露しながら更に距離を縮めて――
「さて、帰るぞ。」
「いたたたたた〜〜〜」
ドスの効いた声が降って来たかと思った瞬間悲鳴が上がった。
見ると至近距離で北斗を困らせる猛の側に、いつの間にか来ていた兇が猛の耳をこれでもかと言うほど引っ張っていた。
「那々瀬さん大丈夫?」
ぽかんと見上げる北斗を心配そうに見おろす兇。
兇の言葉に顔を真っ赤にさせたままの北斗は猛の耳を心配しながら素直に頷いた。
「う、うん・・・大丈夫。」
何でもないように笑ってみせる北斗に兇はにこりと天使の笑顔を向ける。
そして、徐に猛の耳を開放した兇は、痛そうに耳を擦りながら復活した兄に子供達を保護してもらうよう警察へ連絡するよう伝えた。
そんな兇に猛は不平たらたら、ぶちぶち文句を呟きながら警察へと連絡する。
暫くしてパトカーが交差点へと到着した。
猛と兇は到着した警察官へ事情を説明している。
説明が終わるまでぼんやりと待っていた北斗の元へ、男の子が近づいて来た。
あの幽霊の少年に”こうた君”と呼ばれていた子だ。
男の子は北斗の隣に立つとぽつりとこう聞いてきた。
「あの消えちゃった子、なんで僕のお父さんの名前知ってたんだろう・・・」
男の子の洩らした言葉に北斗は思わず男の子の顔をまじまじと見た。
――それはつまり・・・・・
「なるほど、あの少年の友達だったって言ってた子の子供だったんだねぇ〜」
「ま、20年以上も前の話だからね」と、いつの間にか警察との話が終わった猛が側へと来ていた。
猛はそう言いながら納得したようにうんうんと頷いている。
北斗もまた猛の呟いた真実に驚いていた。
ふと黄泉へと昇っていった少年を思い出す。
あの池で亡くなって寂しさのあまり子供達を神隠しに遭わせてしまった少年。
そこまで考えて北斗の脳裏に何かがフラッシュバックした。
頭に浮かんできた映像に固まる北斗。
目を見開き瞳を揺らしながらぽつりと呟くのだった。
「わたし・・・・前にも神隠しに遭った事がある。」
と――
第三章完
第四章へ続く
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