まだ信じられなかった。
先日聞いた兇の話があまりに突飛過ぎる内容だったため、未だ北斗の頭は混乱していた。
――きょ、兇君ちって兇君ちって……
やっぱり凄い家だったんだ!!!!
内心で絶叫する。
それもそのはず。
なんと兇の家は平安時代から続く由緒正しい霊導師の家系で、その先祖が道祖神を広めた最初の人だというのだ。
しかも、先祖の代から国家とは親密な付き合いがあり、国からの要請を受けて各地方の道祖神の管理から、成仏できない霊達の保護や浄化などを行っていたらしい。
しかもその付き合いは現在も続いており、警察などでは解決できない事件――怪奇事件や神隠し、その他常人では理解できないような怪奇現象――の調査や解決を依頼されているのだというのだ。
そしてその依頼を受けて鈴宮家――兇達が動くのだという。
そんな国家機密ともいえるべき内容を自分に教えてくれたのは嬉しかったが、しかし果たして他人の……部外者である自分がそこまで聞いてしまっていいものなのかどうか北斗は少々困惑していた。
――い、いいのかな?私なんかがこんな重大なこと知っちゃって……。
兇が何故話してくれたのか、その意図がわからず首を傾げる。
とその時――
「おはよう、何百面相してるの?」
「ひゃあっ」
背後から北斗の肩を叩きながら親友が話しかけてきた。
「ちょっと大丈夫?顔色悪いわよ。」
若菜は必要以上に驚いて振り返った北斗にびっくりしながらも、その顔色の悪さに具合でも悪いのかと顔を覗き込んできた。
心配する若菜に北斗は慌てて首を振る。
「だ、だだ大丈夫だって!もう若菜は心配性なんだから。」
まさか兇の家の秘密がわかって困惑していたとは言えず、北斗は慌てて頭を振る。
元気だとアピールする北斗に、若菜はほっと安堵するとすぐに真面目な顔へと戻った。
「本当に大丈夫?夏休みだからってバイトし過ぎたんじゃないの?」
親友の言葉に北斗はドキリとした。
バイトはそんなにしていない……
しかし
「だ、大丈夫だよ〜もう、ちゃんと程々にしています。」
連日兇の仕事の手伝いをしていたせいで少々疲れ気味の北斗は、そんな疲れを誤魔化すようにおどけて見せた。
「そういう若菜は休みの間どうだったのよ?もしかして誰かとデートでもしてた?」
「な、何言ってるのよそんなわけないじゃない。」
親友の反応に「おや?」と思った。
いつもならこの位のやり取りは当たり前で、軽く受け流されて終わるはずなのだが……。
しかし今日の若菜は少し違っていた。
話題を変えるために言っただけだったが意外な収穫がありそうだと、予想外の若菜の反応に北斗はにやけた。
「何よ〜なんかあったの?言いなさいよ〜。」
うりうりと親友の肩をつついていると、背後から声がかけられた。
「よう、二人ともお揃いで〜元気だったか〜?」
その声に親友の若菜が小さく反応した。
――え?
北斗は内心で驚く。
まさか、と思いながら背後からやって来たその人物を見た。
そこには――
何の悩みもない爽やかな笑顔で近づいてくる
黒崎 光一
の姿があった。
意外な人物に北斗は目を瞠る。
そして
「ほら、早く行かないと始業式遅れちまうぞ〜。」
肩にポンと手を置かれた途端、頬を染めた親友の顔を見逃さなかった。
――ちょっ……若菜ぁ〜〜!?
久しぶりの校舎の前で北斗は何度目かの絶叫を胸中で叫ぶのであった。
「ちょっと若菜本気なの〜〜!?」
「だから違うって!」
少しだけざわめく教室の中で、北斗は話し合いと称して若菜に今朝の出来事を突っ込んで聞いていた。
しかし若菜の返答は素っ気無く、二人がどうこうなったとかいう浮いた話は出てこなかった。
「ただ、暇だったから一緒に出かけないかって誘われただけよ。」
「ふ〜ん。」
「ま、まあ私も暇だったから適当に一緒にぶらついてあげたけど。」
「へぇ〜。」
「もちろん全部奢らせたわよ。」
「あはははは。」
らしいといえばらしい話に北斗は苦笑する。
「はい、それでは結果が出ましたので皆さん黒板を見てくださ〜い。」
と、教室の前の方から声が聞こえてきた。
振り返ると、教卓の前に二人の生徒が立ち黒板に何かを書き出していた。
「あ、決まったみたいね。」
若菜は黒板に書かれた文字を見上げながらそう呟く。
黒板の前に立っているのは学級委員長と書記係。
先ほどクラス会議で行った投票の集計結果を発表しているところだった。
「え〜では、配役はこのように決まりました。」
書記係が黒板に書き出す名前を順に見ていく。
そしてある所で北斗は思わず声を上げた。
「な、なにこれぇぇ〜〜!?」
思わずガタンと派手な音をあげて勢い良く立ち上がった。
そこに書かれていたのは。
眠り姫役・・・・・那々瀬 北斗
だった。
その予想外な投票結果に北斗本人が驚いた。
「え…な、なんであたしが??」
どうして?と抗議の声を上げようとした時
教室中から「ひゅ〜ひゅ〜」と冷やかすような、はやしたてる声が聞こえてきた。
驚いて見回すと、クラスの男子生徒たちがこちらを好機の目で見上げていた。
「な、なに?」
その視線に北斗はたじろぐ。
「ちょ、ちょっと北斗……」
驚く北斗を若菜が背後から呼んできた。
そして若菜が示した先を見ると……。
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
今度こそ北斗は絶叫した。
目を見開いて見る北斗の視線の先――自身の名前の書かれた左隣には真新しく書かれた白い文字。
そこには――
王子役・・・・・鈴宮 兇
と書かれていた。
「な……」
「ええ〜なんでこうなるの〜〜!?」
北斗が言うよりも先に、先程よりも大きなどよめきが沸いた。
はっとして周りを見ると、先ほどの男子生徒たちよりもはっきりとした態度で女子生徒たちの嘆き悲しむ姿が見えた。
女子生徒たちは黒板に書かれた文字を睨みながら叫びだす。
「ちょっとこれどういうこと?」
「なんで那々瀬さんが……」
「そうよ、そうよ、納得いかないわ!」
みな口々に文句を言い始めた。
やんややんやと女子生徒たちの罵声が飛び交う中、男子生徒たちは嬉しそうにニヤニヤしていた。
「ほら、やっぱり兇が王子だったろ。」
「ああ、やっぱりな〜。」
その声に抗議の声を上げていた女子生徒たちがぴくりと反応する。
「ちょっと、やっぱりあんた達何か企んでいたわね?」
「ちょっと、どういうことよ!」
先ほどまで学級委員長達を罵っていた女子生徒たちは、にやにやと笑う男子生徒たちに矛先を変えてきた。
しかし、凄みの効いた女子生徒達の抗議をものともせず、男子生徒たちは涼しい顔をしている。
「だって、なあ……。」
「ああ、兇が相手なら那々瀬しかいないかなって。」
男子生徒たちはお互い顔を見合わせながらうんうんと頷き合うと北斗を見上げてきた。
その好奇の視線に北斗は体を強張らせる。
そして男子生徒たちは北斗を見ながらにやりと笑うと・・・・。
「だって兇が王子なら、その彼女の那々瀬が相手じゃなきゃ、なぁ〜?」
全員に聞こえるように言ってきた。
その言葉に北斗はおろか、周りの女子達が反応した。
「ちょっ、何言ってるのよ!いつ那々瀬さんが兇君と……」
「え〜、俺達あの時はっきり聞いたもんなぁ〜。」
「なっ、デタラメ言わないでよ!」
「そうよ、そうよ!!」
「でもお前等、兇が王子がいいんだろう?」
「何言ってんのよ、当たり前じゃない!あんた達が王子役なんて嫌よ!」
「なら那々瀬が……」
「それはダメって言ってるでしょう!!」
喧々轟々
女子と男子の言い争いが続く中
否応にも喧嘩の中心になってしまった二人は、呆然とその騒ぎを見つめている事しかできなかった。
そして――
『王子役はぜったい兇君!』と言い切る女子達と
『王子が兇ならヒロインは那々瀬だ!』と言い張る男子達。
ある意味息の合った主張なのだが……。
悲しいかな二つの意見が交わる事は一度もなかった。
そして結局、どちらの意見も通すという学級委員長の強引な決断でこの話はまとまったのだが。
納得のいかない女子達。
思惑通りに事が運んでほくそ笑む男子達。
人知れず水面下で女子と男子の火蓋が切って落とされたのであった。
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