みつけた

やっと

やっと

『長かったなぁ〜。』

黒いソレはにたりと笑うと心底嬉しそうに呟いた。
長い間ずっと探していたものが見つかったのだ。
嬉しさについ忘れていたはずの笑みというものがソレの顔に形作られた。
本当に長かったあまりにも長くて長かったおかげで

『ずいぶん間違えちゃったけどねぇ〜ひひひひ。』

黒いソレは笑いながら立ち上がる。
ソレが立ち上がった足元には無数の塊があった。
その塊の周りにはおびただしい量の液体。
どす黒いその液体はその塊から流れ出ていた。

黒いソレは人のような形をしていた。
良く見ると長いコートのようなものを着ているようにも見える。
そして頭は大きなつばのある帽子のような形をしていた。
にたりと笑う口元と弧を描く二対の目。
三日月が三つ並んだようなそれは良く見ると何も無く窪んでいる。
黒いソレはゆっくりと歩き出すと重い扉を開けて外へ出て行く。
黒いソレが外に出る時、開け放たれた扉の向こうから差し込んできた光が真っ暗な部屋を一瞬だけ照らした。
そこには――

人のような形をした小さなモノがいくつも横たわっていたのだった。





「いない・・・・な。」

兇は辺りを見回すと小さな声で呟いた。
今は夕刻、兇は家の周りを何をか探すようにうろうろしていた。

「人ではないとすると・・・・。」

兇はそこまで言うと押し黙ってしまった。

――やはり自縛霊か?それとも・・・・。

兇は先日北斗が遭ったという”変質者”を探していた。
あれから北斗は見かけていないというのだが、兇はどうにも気になって仕方がなかった。

ただの変質者なら警察に知らせれば良い、しかしそれ以外だったら・・・・。

兇は脳裏に浮かんだ小さな不安を消し去るべく行動に移した。
相手が人間であればまた北斗を待ち伏せていると踏んだ兇は、ここ数日家の周りをくまなく探していたのだが、目当ての人物を見かけることはなかった。
とすれば霊の仕業かもしれない。
兇の家にいる霊以外は家に入ることはもちろん半径1キロ以内に入ることすら出来ないのだ。
北斗が例の”変質者”に声をかけられたのは、ちょうど家から1キロほど離れた場所だった。
彼女が走って逃げて来られたのは結界から入ってこられなかったからではないかと兇は推測した。
そしてその霊がもし今回の依頼の悪霊であったなら・・・・。
だとしたら自体は急を要する事になる。
兇が昼間刑務所で霊視したものが事実ならば、すでにあの悪霊は目的のものを見つけてしまったことになる。
悪霊の目的
それは――

北斗だった。

刑務所のあの部屋で視たものが最初信じられなかった。
あの悪霊の生前の思考・・・・いや成仏できない原因――”心残り”――は

生前取り逃がした少女のことだった。

あの悪霊が生前その少女にしようとしていた事は今思い出しても吐き気を催すもので・・・・。
そして何より悪霊の記憶にあった映像。

あれは北斗が夢で見たものと酷似していなかったか?

兇は信じたくないと思った。
しかし悪霊の”心残り”を視てしまった今、それは確信へと繋がってしまった。
そしてここへきての”変質者騒ぎ”
偶然にしてはタイミングが良すぎる。
信じたくはなかったがしかし状況がそうだと警告してくる。
兇は苦虫を噛み潰したような表情をしながら俯いた。

――俺に倒せるのか?

猛をあそこまで追い詰めた相手を・・・・。
兇は自身の両手を見つめた。

――俺に守れるのだろうか?

脳裏に思い浮かぶのは北斗の笑顔だった。
その笑顔が引き裂かれるイメージに兇は慌てて頭を振る。

――ダメだこんな弱気じゃ・・・・彼女を守るって決めただろう!

兇は己の心に叱咤すると拳をぎゅっと握り締めるのだった。





「おかえりなさい。おやおや兇君どうしたのかな〜そんな浮かない顔をして。」

帰宅早々ムカつく顔が出迎えてきた。
兇は玄関を開けたままその場に立ち竦む。
しかも目元には影まで落ちていた。
笑顔で出迎えたはずなのに、なかなか中に入ってこない息子に保はどうしたのかと首を傾げた。

「おや、兇君どうしました?中に入らないんですか?」

「・・・・・・」

保が促すがそれでも中に入ろうとしない息子に保はますます首を傾げた。

「な〜にびびってんの兇君?」

兇の背後からのんびりとした声が聞こえてきた。
驚いて振り返ると玄関の戸に手をつき兇を見下ろす形で背後に猛が立っていた。

「おや猛君、君も退院してきたんですか?おかえりなさい。」

保はもう一人の息子に向かってにこやかに言ってきた。

「ただいま父さん。相変わらず虫も殺さないような顔して出迎えてくれて嬉しいね〜。」

ははははは、と笑いながら猛は兇の横をすり抜けて中へと入っていった。

「虫も殺さないようななんて、虫にも五分の魂がありますからねぇ、殺生なんてそんな野蛮なことはできませんよ。」

こちらも負けじと言葉を返す。

「あははは、何を言ってやがるんですか?我が家一のハンター退魔師が。」

「いやいやいや君もなかなか、我が家で2番目(・・・)に強いじゃないですか〜♪」

そう言って笑い合う二人の間にバチバチと光る火花が見えた。
そんな二人を目の前に兇はますます入りづらくなっていく。

――ほんと、この二人が揃うと厄介だ・・・・。

はぁ、と溜息を吐いているとパタパタと誰かがこちらへやってくる音が聞こえてきた。

「あらあら、兇さんと猛さんも一緒だったのね、二人共おかえりなさい。」

「鈴宮君、猛さん!おかえりなさい。」

やって来たのは救世主といわんばかりの二人の女神であった。
出迎えた北斗と清音に、睨み合っていた二人の男達は一瞬で表情を変える。
ぱああっと爽やかな笑顔になって二人に振り返っていた。

「ただいま、北斗ちゃん♪」

猛は言うが早いか、さっと玄関を上がると目をキラキラさせながら北斗の手を取り顔を至近距離まで近づけてきた。
急な接近に北斗は真っ赤になる。

「あ、あの・・・・た、猛さんもう体の方は大丈夫なんですか?」

狼狽える北斗に猛は優しそうな瞳で見下ろすと

「北斗ちゃんの顔を見たからもう平気だよ♪」

と恥ずかしい台詞を吐いてきた。
その言葉に玄関の入り口で見ていた兇は思わず砂を吐きそうになる。
しかし、ふと重要なことを思い出して猛に詰め寄った。

「そんな事より猛、まだ退院できないって聞いてたはずだけど?」

どういうことだ?と言いながら兇は北斗の手を握っていた猛の手を解きながら半眼で猛を見上げる。

「いや〜もう退屈で退屈でさぁ、強引に帰ってきちゃった☆」

「へ?」

「はあ?」

てへっ、と可愛らしく舌を出す猛に兇と北斗が素っ頓狂な声を上げた。
猛の意識が戻ったのはつい二日前のことだ、退院するにはまだ早い。
担当の医者からも退院は精密検査を受けてからと説明があったばかりだった。

「な・・・に勝手なことしてるんだ・・・・。」

兇が唖然としていると、隣から和やかな笑い声が聞こえてきた。

「ははははは、猛君相変わらず頑丈ですねぇ。」

さすがは長男♪と訳のわからない喜び方をしてきた保に兇は口を開けたまま固まってしまった。

「い、いいんですか?」

だいぶこの家族に耐性のついた北斗がまともな疑問を投げかけてくる。

「大丈夫、大丈夫♪鈴宮家の男子は結構頑丈ですから♪」

ふふふ、と得意の菩薩の笑顔を披露しながら答える保に北斗は「はぁ」と頷くしかなかった。

「さて、そろそろ夕飯の時間ですね〜、清音さん今日の晩御飯はなんですか?」

そう言って清音に話を振る。
保の言葉に清音は「あらあらお夕飯の途中だったわ」と慌てた様子で台所へと戻って行ってしまった。
その後を「私も手伝います。」と北斗が追いかけて行く。
そんな微笑ましい女性達の後姿を見送っていた保がぽつりと

「今夜はすき焼きのようですね〜。」

と台所から漂う良い匂いを嗅ぎながら嬉しそうに言ってきた。

「おっ、すき焼きか♪」

その言葉に猛も嬉しそうに言う。
そんな親子を眺めていると突然保が言ってきた。

「ふふふ、今日は生卵3つ程頂いておきましょうか♪私は清音さんに夜這いをしなくてはいけないですからねぇ!」

「そんなこといちいち報告するな!」

「あんた達部屋一緒でしょうが・・・・」

精力つけなくちゃ♪とほざく保に兇は真っ赤になり、猛は呆れた表情で呟いた。
そんな息子達にはお構いなしに保は「でわ」と言いながらいそいそと部屋へと帰っていった。

「まあ、夜這いは男のロマンだからな〜」

突然、ふっと悟りを開いたような顔で猛が呟いてきた。
そんな猛を兇がじろりと睨み

「今、那々瀬さんは精神的にも参っているんだから余計なことはするなよ」

と釘を刺す。

「はいはいわかってますよ。」

と、猛は肩を竦めながら残念そうな顔で頷くのだった。





その次の日の朝――

「きゃあああああああああああああ!!」

北斗の部屋から、たまぎる乙女の悲鳴が屋敷中に響いてきた。

ずだだだだだだだだだだ

スパーーーーーーン

北斗の悲鳴の次の瞬間、廊下を物凄い勢いで走ってくる音と、障子を勢い良く開け放たれる音が響いた。

「なっにやってんだお前はーーーーーーー!!」

続いて兇の怒声が響いてきた。

そこには――

真っ赤になって布団を掻き抱く北斗と、北斗の顔に至近距離まで近づいている猛の姿があった。

「お前はーーーーーー!!」

性懲りも無くまたか!と怒鳴りながら猛の襟首を掴んで引き離す。
兄弟喧嘩寸前の二人の耳に北斗のか細い声が届いた。

「あの・・・まだ・・・・」

北斗を見るとまだ涙目でこちらに助けを求める視線があった。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にする北斗の向こう側
ふと、布団の中に薄い色素の頭を発見した。

「!!!!!!!」

思わず布団を剥がすとそこには自分達に良く似た顔がもう一つ。

「お、お、お、親父〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

やあ、と照れたようにはにかむ珍客に兇は目を白黒させながら絶叫した。





「お前ら、あほか!」

朝餉の席で兇が烈火のごとく怒っていた。
正座させられている二人は頭に大きなたんこぶができている。
あれから兇の鉄拳を喰らわされた父と兄は情けなくも一番年下の兇から説教されていた。

「いや〜久しぶりに北斗ちゃんを見たらつい。」

「ついじゃない!」

頭を掻き掻きそう言い訳をした兄に弟はぴしゃりと言い放つ。

「未来のお嫁さんの様子を見にちょっと忍び込んだら朝まで眠ってしまって・・・・」

ガシャン

息子に習って言い訳を言う夫の目の前に朝食のお膳が乱暴に置かれた。
一同しーんと静かになる。
見ればお膳を運んできた清音が立っていた。

「あ、あの・・・・清音、さん?」

怒ってます?と冷や汗をだらだらと流しながら問いかける夫に奥様は知らん顔。

「みなさん冷めないうちにどうぞ。」

笑顔でそう言うと台所へと戻っていってしまった。

相当怒ってる!!

久しぶりに見た妻の静かな怒りに夫とその息子達はごきゅりと固唾を呑んだ。

「どどど、どうしよう〜」

「知るか!」

「自分で何とかしてくれ。」

おろおろする情けない父親に息子達は呆れた顔で嘆息する。
保はこれはまずいと思ったのか慌てて立ち上がると台所へと走っていった。

「まったくこんな時にお前らなにやってるんだよ。」

父親の愚行を見送ったあと、兇はやれやれと言いながら愚痴を零した。

「え〜だって〜、北斗ちゃんが悪い夢を見てうなされてないか心配だったしさ〜。」

そんな弟に猛は不満とばかりに口を尖らせながら抗議してきた。

「大きなお世話だ!だいたい布団の中に入ること無いだろうが!」

とまた烈火のごとく怒り出した兇に隣に座っていた北斗が助け舟を出した。

「あ、あの・・・・最近は変な夢見なかったから大丈夫ですよ。その、心配かけてごめんなさい。」

喧嘩の原因は自分にあると思った北斗は申し訳なさそうに頭を下げてきた。
そんな北斗に猛と兇は慌てて

「な、なに言ってるの?悪いのはこいつなんだから那々瀬さんは気にしなくていいんだよ。」

「ちょっ兇君、それ酷い!あ、でも北斗ちゃんは悪くないよ僕も布団に入れて幸せだっ――」

ごいん

猛が言い終わらないうちに二度目の鉄拳の音が響いた。





「いってきま〜す。」

学生二人組みが家を出た後、珍しい組み合わせが玄関で肩を並べていた。

「やれやれ先程はどうなることかと思いましたよ。」

「何も気づかずに行ってくれたねぇ〜。」

保と猛、仲が良いのか悪いのかいまいちよくわからないこの二人の親子はそう言うと、ほっと安堵の溜息を漏らしていた。

「とりあえず礼を言っておくよ。」

「何がですか?」

う〜んと背伸びをしながら言ってきた息子に父がはて?と首を傾げてみせた。

「彼女のことさ、俺のいない間あの子が悪い夢を見ないようにしてくれてたろ?」

「おや、気づいていましたか。」

息子の言葉に父はにこりと笑顔を返した。

「あの子は感受性が豊かなようですからねぇ。ここへきてから霊と関わる事で忘れていた昔の記憶が呼び戻されちゃったんでしょう。」

「確かに、ね。」

可哀想な事をしました、という保に猛は肩を竦めながら初めて彼女と会った日の事を思い出していた。

自分が初めて彼女に会った夜、何故か彼女の事が気になってしまった。
部屋を覗いてみたら、うなされている彼女がいた。

「おかあ・・・・さん。」

うわ言で母を呼ぶ彼女に居た堪れなくなった。
悟られないように部屋に入って彼女の手を握ってやっていたら、安心したのか眉間の皺が解けて安らかな寝顔になった。
そしてそのままうなされる事無く朝まで眠ってくれた。

「ふうん。」

猛は己の手をまじまじと見つめた。
霊を無理やり浄化させることが得意な己でも彼女を安心させてあげられるのだと驚いた。
そんな事があってから、猛は彼女の部屋に時々訪れるようになった。
そして、ちょっとした細工を施した。
良く眠れるように悪夢を見ない”お守り”を部屋に置いたのだ。
もちろん兇にはバレないように細心の注意を払った。
独占欲の強い弟はきっと嫉妬するだろうし自分の無頓着さに落胆するだろうから。
まだまだお子様な弟に苦笑しながらも、時々北斗の悪夢が強くなったときは側にいたりしてあげた。

――うっかり眠ってしまって朝見つかっちゃったりしたけどねぇ〜。

自分もまだまだだなぁ、と反省しながら隣の父を見ると父は何故かにこにこしながらこちらを見ていた。

「なに?」

気持ち悪!と思いながら猛が聞くと、保は「ん〜?なんでもない。」とやけに嬉しそうにしている。
そんな父親を相変わらず何を考えているのかわからない人だなぁ、と思いながら猛は「でも」と呟いた。

「もう僕の”お守り”は効かなそうだなぁ。彼女思い出しちゃったみたいだしね。」

そう言って寂しそうにする息子に保は苦笑しながら言ってきた。

「まあ、良かったんじゃないですか?今回の件は彼女に関係ありますし、少しは警戒してもらわないと困りますからね。」

護る側としては、と付け足す保に猛は確かにと頷く。

「ま、そろそろ決着つけないとだねぇ。」

借りも返さないとだし、と答える猛に保が

「ヤツの居場所は特定できたんですか?」

すっと真顔に戻って聞いてきた。
笑顔の消えた退魔師に猛も鋭い視線を向ける。

「まあ、だいたいは・・・・兇も調べていることだし居場所はすぐ割れるだろうさ。あんたもいることだしね。」

「私は何もしてませんよ。」

そう言ってにっと笑う猛に保も笑った。

「俺達3人に目を付けられたら逃げられないでしょ。」

そう言うと猛は肩を竦めてみせた。
退魔のスペシャリストが三人も揃ったのだ、ターゲットになった悪霊は不運としか言いようがない。
しかし一分も憐れだとは思わなかった。

――俺達が大事にしているあの子を泣かせたんだからな。

猛は胸中で悪霊に向かって呟く。
悪霊の狙いが彼女である以上助けてやる気はさらさら無かった。
猛は踵を返すと「じゃ」と一言言って部屋へと戻っていった。
そんな息子の背中を見つめながら保はぽつりと一言。

「ふふ、君もやっぱり鈴宮の人間ですねぇ。」

と嬉しそうに呟くのだった。



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