それから数日後。
鈴宮家は騒然としていた。

草木も眠る丑三つ時。
突然ガタンと大きな音がしたかと思ったら玄関の方が騒がしくなった。
先日の夢のせいでなかなか寝付けなかった北斗はその音で飛び起きた。
何があったのだろうと聞き耳を立てていると人の声が微かに聞こえてきた。

「猛さんが・・・・」

「誰か!」

切羽詰った女性の声とその単語に北斗は思わず部屋を飛び出していた。

玄関の方に辿り着くと人だかりができておりその先は見えなかった。
無理矢理人を掻き分けていこうかどうしようか悩んでいると、使用人の一人に連れられた兇が姿を現した。
北斗の存在に気づいた兇は『大丈夫だ』と視線だけで伝えてきた。
その視線のお陰で少しだけ安心できた北斗は通り過ぎていく兇の後姿を静かに見送った。

兇が人だかりの前へ立つと一斉に使用人たちが脇へと退き道を開けた。
人だかりの割れたその先には――

猛がいた。

何故か白衣を纏った猛は土間と廊下の間に作られた式台に凭れかかる様に蹲っていた。
よく見ると丸まった背中の辺りが激しく上下している。
兇が猛の側に辿り着き声を掛けると猛がのろのろした動作で顔を上げてきた。
兇は猛の顔を見て驚いた。
猛の顔は喧嘩でもした後のように傷だらけで頬や唇から血を流していたのだ。
よく見ると着ている服も所々破れている。
その姿を見て兇の表情が曇った。

「どうしたんだ一体?」

猛の体を支えながら兇が訊ねると、猛は息も絶え絶えに言ってきた。

「気を・・・つけろ・・・・あれ(・・)は今までのとは・・・・違う・・・・。」

猛はそれだけ言うと意識を失ってしまった。

「おい、おい!猛!?誰か救急車を!!」

その後はもう大騒ぎになってしまい、結局猛が意識を失う前に呟いた言葉の意味を聞き出すどころではなくなってしまったのだった。





それから数日後、北斗が鈴宮家に帰宅すると渋面を張り付かせた兇が出迎えてくれた。

久し振りに見るその表情に北斗は思わず「猛さんの意識が戻ったの?」と聞いてしまった。
兇がこんな表情をするときは決まって猛と喧嘩した時だけだったからだ。
しかし猛は先日の騒動からずっと昏睡状態で病院で寝たきりになっていたはずだったので、もしかしたら意識が戻りなんだかんだで兄弟喧嘩を・・・・。
などという期待から思わずそんな事を聞いてしまった。
北斗の期待に反して兇の表情は曇ったままだった。
兇は力無く首を横に振ると「違う」と答えた。
その答えに肩を落とす北斗。
しかしそんな北斗の耳に兇の意外な言葉が聞こえてきた

「猛の意識はまだ戻っていないよ。だけど、あいつが何故ああなったのかやっとわかった。」

兇の言葉に北斗は弾かれたように顔を上げた。

「え?それは・・・・。」

目を見開いて見上げてくる北斗に兇は静かに言ってきた。

「・・・・この前、国からの依頼があったんだ。たぶんその件と関係があるんだと思う。」

兇は何故か一言一言、言葉を選ぶように伝えてきた。

「その依頼って?」

兇の意図がわからず首を傾げながら聞き返す。
そんな北斗に兇は更に言い辛そうに口を開いた。

「今回の依頼は・・・・”元殺人者”の除霊だったそうだよ。」

兇の言葉に北斗は固まった。

「・・・・殺人者って?」

「うん・・・・昔殺人の罪で刑務所に入っていた囚人が5年前に病死したんだけど、どうやら悪霊になってしまった様で、最近その悪霊の仕業と思われる被害が出ているらしいんだ。」

「被害って?・・・・」

「内容は・・・・聞かない方がいい。で、その悪霊の除霊に猛は行ったんだけど、結果その悪霊に返り討ちに遭ったみたいなんだ。」

そう言って俯く兇に言葉をかけられなかった。
今回の依頼は猛が適任という理由で話が回って来たのであろう。

浄霊――霊を説得し黄泉へと送る方法――を得意とする兇に対し。

除霊――霊の意思に問わず無理矢理浄化(消滅)させる方法――を得意とする猛。

もちろん断る理由も無い猛は依頼通りに悪霊と戦いあんな目に合ってしまったのだ。

――あんなに強い猛さんが?・・・・・

以前猛が悪霊と対峙した時の姿を見たことがある北斗は兇の言葉が信じられなかった。
悪霊と対峙したときのあの余裕と強さを目の当たりにした北斗はただただ驚いた。
それと同時に今回の依頼の恐ろしさを実感した・・・・。

「す、鈴宮君はもちろんこの依頼は受けないよね?」

北斗は縋るような表情で兇に尋ねた。
すると兇は徐に視線を外す。
その行動に北斗は顔色を変えて兇に詰め寄った。

「だ、だって、だって・・・・猛さんがあんなになっちゃったんだよ!?兇君にもしもの事があったら・・・・。」

「でも、誰かがやらなきゃいけないんだ・・・・。」

詰め寄る北斗に兇は苦悶の表情でそう呟くと、逃げるように去って行ってしまった。
冷たく突き放すような態度を取ってきた兇に内心動揺しながら北斗は兇の去って行った廊下を悲しそうな顔で見つめるしかなかった。



それから数日の間、兇から詳しい話を聞きだす事はできなかった。
それというのも兇がやんわりと北斗を避けるようになっていたからだった。
挨拶はしてくれるし日常会話程度なら今までとは変わらないのだが、こと猛の状態やあの依頼の件を聞こうとするとはぐらかされてしまうのだった。
いい加減北斗も不安と心配で限界だった。
今日こそは!と気合を入れて兇に話しかけようとしたその時――

「ただいま〜!」

玄関の開く音と共に暢気な声が聞こえてきた。
その声に北斗は思わず玄関へと急いだ。

――まさか?猛さんが帰ってきた?

小さな期待と共に玄関まで辿り着くとそこには――



着物に羽織を身に着けた男性が立っていた。



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