落ちていた意識が浮上していく。
ああ起きるんだ、と頭の片隅で思いながら慣れた感覚にゆっくりと目を開く。
そこには見慣れない天井があった。
暫くの間、はっきりしない頭でぼんやりと眺めていたが、突然がばっと起き上がるとキョロキョロと辺りを見回した。
―――ここはどこ?
記憶喪失の少女さながらな疑問を頭に浮かべながら何度も辺りを見回してみる。
何度も見てみたが、やっぱり知らない部屋だった。
もう一度ぐるりと部屋を見渡す。
改めて見てみると、この部屋はずいぶんと立派な作りをしていることがわかった。
先ほど見た天井には何枚もの板が格子状に組まれており、その天井から続く壁は土壁でできている。
廊下側には張りかえられたばかりの障子があり、床の間には掛け軸や花の生けられた花瓶が飾られていた。
自分が寝ていた床には真新しい畳が敷き詰められ、いぐさの香りが鼻腔をくすぐる。
普通の家とは全く違うその作りに、どこかの屋敷か旅館にでも来ているのかと首を傾げた。
日本家屋特有のその美しい作りにしばし見とれていると、ふと昨日まで自分が寝ていた部屋を思い出した。
無地の壁紙が張られただけの無機質な薄い壁、圧迫感のある薄汚れた天井、窓が小さいため日中でも薄暗いそこは安物のアパート特有の冷たい場所だった。
ぼんやりと部屋を眺めているとスッと障子が開いた。
「おはよう、よく眠れた?」
北斗は、開け放たれた障子の前で自分に微笑む相手を見て驚きの声を挙げた。
「な、す、鈴宮君なんで?」
口をパクパクさせながら目の前に立つ兇を指差す。
「あ、ここ俺の家。あの後、那々瀬さん気を失っちゃったから家まで連れてきたんだ。」
兇はそう言ってにっこり微笑んだ。
―――いや、連れて来たって・・・犬や猫じゃないんだけど・・・・。
屈託無く笑う兇を見上げ冷や汗を垂らしながら内心つっこむ。
―――て言うか、アパートは?あの炎は?どうなっちゃったの??
はたと昨夜の出来事を思い出し北斗は急におろおろし始めた。
「昨日のことは事故で片付きそうだよ。」
「え?」
急に黙り込んでしまった北斗の考えを読み取ったのか、兇は昨夜のことを説明してくれた。
北斗を襲ったのは何者かわからないが、あの後あの部屋から逃げ出せた兇は北斗を抱えたまま近くの公園まで辿り着いた。
様子を見に引き返そうとしたのだが、アパートの住民が異変に気づいて通報したのか、消防署や警察の車が既に到着しており、アパートの周りは野次馬だらけで中には入れなかった。
しかも起きているとばかり思っていた北斗が気絶していたのでそのまま引き返したそうだ。
その後は家に連絡をして車で迎えに来てもらい、そのまま北斗を連れ帰ったのだという。
そこまで聞いた北斗はみるみる内に顔が青褪めていき、額は冷や汗でびっしょりになっていた。
「ご、ご、ご、ごめんね鈴宮君!」
「迷惑掛けちゃった、ごめんなさい」と必死に謝る北斗を兇はやんわりと制す。
「別に迷惑だって思ってないし良いんだよ。でも、那々瀬さんが無事で良かった。」
心底安堵した表情の兇を見て、北斗は頬が熱くなるのを感じ俯いてしまった。
「怖かったよね。でももう大丈夫だから。」
北斗のすぐ横まで移動した兇は片膝をつきながら北斗に優しく語りかける。
「うん。」
兇の気遣いに心の中が不思議と安心していくのを感じ素直に頷いた。
「でも・・・」
「?」
歯切れの悪い兇の言葉に、北斗が訝しげな瞳を向けていると兇は意を決したように言葉を続けた。
「これからが大変かもしれない。」
兇の含みのあるそのひと言に内心首を傾げる北斗だったが、兇の次の言葉に耳を疑った。
「言い辛いんだけど・・・那々瀬さんの部屋、全焼だって。」
え・・・
「ええぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜」
広い広い屋敷の中、北斗の悲痛な叫び声が響き渡った。
第1章完
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