事件のあった日から1週間が経とうとしていた。

北斗は相変わらず宿探しに明け暮れ、若菜もそれを応援した。

兇はそんな北斗を陰ながら見守り、光一は噂の後処理に奮闘させられていた。

「なんだかストーカーになった気分だ。」

「お〜俺もそう思う!」

放課後、北斗達を数メートル離れた電柱から見守っていた兇は、突然背後から聞こえてきた同意の声にがばっと振り返った。

そこには「よっ♪」と明るく片手を上げる光一の姿があった。

「・・・・・・・・」

「・・・なぁ。」

「・・・・・・・・」

「・・・よぉ。」

「・・・・・・・・」

「・・・おい。」

「・・・・・・・・」

「・・・兇く〜ん♪」

ギロリ。

「うおっ!怖えぇ!!」

「・・・・何か用か?」

「ん、あ〜・・・何してんの?」

くるり。ゴツン。

「いってぇ〜〜〜、何すんだよ!」

「お前に関係ない。」

兇の鉄拳を受けた光一が頭を抱えながら言った抗議の言葉を、冷ややかな声で一掃すると、そのまま、またすたすたと歩き出してしまった。

「いいじゃんか、教えろよ!つ〜か何で北斗のストーカーなんかしてんだ?」

「ストーカーじゃない!」

光一の真横に一瞬で移動した兇は、光一の口を思い切り塞ぎながら低い声で否定した。

兇の迫力に、光一は冷や汗をだらだら流しながらマッハの速さでこくこくと頷く。

―――こ、怖えぇぇぇぇぇぇぇ!!

いつにない兇の迫力に恐怖を覚え胸中で呟いた。

「ていうか、本当に何してんだよ!」

勇気を出して兇の手を振り払い、今度は光一が兇に詰め寄った。

「・・・・・・」

ずいっと顔を近づけてきた光一の視線を正面から受けながら兇は黙っていた。

黙っているのだが何やら得体の知れないオーラのような殺気のようなものを感じた。

それは光一に対するもののようで、強いて言えば”恨み”いや・・・”嫉妬”に近いような・・・。

そこまで考えて光一は視線を外した。

心当たりがあったからだ、しかもつい先ほど、言葉の中に。

―――つい名前で呼んじゃったからな〜・・・。

ちらりと兇を伺いすぐに視線を戻した。

―――おいおいおい、マジかよ。

横から感じられる兇の無言の圧力に何やら背筋に薄ら寒いものを感じてしまうのは気のせいではないだろう。

冷や汗を流しながら、話題を戻そうと光一が口を開きかけたときだった。

「関わるな。」

「へ?」

「危険だから関わるな。」

さっきまでの無言の圧力はすっかり消えうせ、今度は自分を気遣う兇の真剣な顔に一瞬気圧されそうになったが、光一は平静を装っておどけてみせた。

「おいおいおい、物騒だな〜。」

「犯人はまだ捕まっていないんだ。」

「お〜やっぱ、犯人探ししてるんだ!」

兇はしまったといった顔で光一を見た。

「んじゃ、俺も・・・「だめだ」」

「何でだよ?」

「危険すぎる。」

「はぁ〜?お前一人じゃ危ねえだろ!男二人掛りなら何とかなるんじゃね?」

「そういう問題じゃない。」

「どういう問題だよ?」

「それは・・・」

兇の歯切れの悪い物言いに光一は苛立ち、兇に詰め寄った。

「北斗!」

光一が何かを言おうとした瞬間、若菜の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

急いで声のするほうに駆けつける。

北斗たちが出てきた動産屋から少し離れた路地の方で若菜が倒れているのが見えた。

「若菜!」

光一が血相を変えて若菜を抱き起こす。

「北斗が、北斗が変な奴に。」

震える指先で示したのは真っ暗な路地の先だった。

迷わずそこへ兇は走り出す。

「兇!」

光一の声も無視して奥へ奥へと走っていく。

追いついた先は行き止まりで、薄暗い街頭の先にコートを纏った男が立っており、その腕にはぐったりとした北斗の姿があった。

「その子を離せ。」

ゆっくりとした足取りでコートの男に近づきながら右手を差し出す。

「!!」

差し出された手の中のものに気づいたコートの男はくぐもった声を上げた。

その声を合図に辺りの空気が変質していく。

街頭の光はいつの間にか消え、兇とコート男の周囲が闇に侵食されていく。

「哀れな迷い子よ、闇に飲まれる前に我が導(しるべ)に従え!」

兇の手の中のものが淡い光を放ち始める。

その光と共鳴するように美しい鈴の音が辺りに響き渡った。

コート男は苦しそうに悶え始めたかと思うと、腕の中の北斗に手を伸ばした。

「やめろ!」

兇の叫び声と同時に鈴の音が一層強くなる。

「グ・・・が・・ギ。」

コート男が悲鳴にも似た声を出すと、その背後がぼこぼこと盛り上がっていきコートを引き裂いた。

そこから出てきたのは―――真っ黒い影。

うねうねと蠢きながら何体も出てきた黒い影達は、鈴の音が鳴る度に苦悶の表情を浮かべている。

その顔は闇のように漆黒で目と口の位置がぽっかりと空いたように青白く光っていた。

手や胴体のようなものはひょろひょろと長く、まるで紙人形のように薄っぺらかった。

兇はその黒い影達に向かって手の中の物を投げつけた。

すると、断末魔のような悲鳴を上げて四方に飛び散り、小さな黒いヒモのようなものが壁や柱の影に逃げていく。

黒い影達の気配が消えると辺りはしんと静まりかえった。

「何体か逃げたか。」

兇は悔しそうに眉間に皺を寄せた。

後に残ったのは引き裂かれたコートと、いつの間にか点いた街灯の光の下で横たわる北斗の姿だけだった。



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