「ん・・・」

急激に意識が戻る感覚と共に目を開けると、心配そうな兇の顔が目の前にあった。

「まだ起きない方がいい。」

慌てて起き上がろうとする北斗を兇はやんわりと止めるとゆっくりと布団の中に戻した。

「ここ、は?」

「家だよ。もう大丈夫だから。」

まだ状況を掴みきれない北斗の問いかけに、兇は優しく微笑みながら答えた。

「私、また襲われて・・・。」

「うん。無事でよかった。」

記憶がはっきりしてきた北斗は恐怖で口元を押さえた。

若菜といつものように不動産屋巡りをしていたら突然路地に引き込まれたのだ。

必死に抵抗したが相手の力は凄まじく、体と口を強引に押さえつけられ、暗い路地の奥に連れて行かれていく途中、北斗は”死”を覚悟した。

その時の恐怖が突然甦り、北斗は自分の腕で体を抱きしめるとガタガタと震えだした。

「わ・・・たし、怖かった。死ぬんじゃないかって。」

「もう大丈夫だから。」

「うん。」

ぼろぼろと涙を流しながら震える北斗をそっと抱き寄せる。

一瞬北斗は体を強張らせたが、人の温もりに安心したのかゆっくりと体の力を抜き兇に体を預けた。

「俺が守るから。」

抱きしめる腕に力を増す。

「守ってくれたんだ。」

「うん」

優しく頭を撫でられる手の温もりに少しずつ恐怖が和らいでいく。

安心感と疲れがない交ぜになった北斗の体は、兇の腕の中でまた眠りに落ちていった。



次に目が覚めたときは深夜だった。

屋敷の人達は皆寝静まり、時々車が通り過ぎる音が遠くの方から聞こえてくる。

急に喉の渇きを覚え、台所に向かいグラスに水を注いで一気に飲み干す。

ふう、と軽く息を吐きながら流しにグラスを置き、時計を見ると深夜0時を過ぎていた。

「おや、こんな時間に先客かな?」

突然背後から声が聞こえ反射的に振り返ると、台所の入り口に長身の男が寄りかかりながら腕を組んでこちらを見ていた。

全身に緊張が走る。

「あははは、怖がらなくていいよ、僕はここの人間で、猛(たける)ていうんだ。」

「たける、さん?」

「うん。君が最近うちに来た子だね。」

「あ、はい。」

「ふ〜ん」

猛と言った男は優雅な足取りで北斗の側に近づくと興味深そうに北斗を見下ろした。

「へぇ〜、なかなか可愛いね♪」

そう呟きながら北斗の顎を捕え上へと向かせると顔を近づけていく。

鼻先が触れそうな位近づくと、「これからよろしくね。」とにっこり笑いながら北斗の頬にちゅっと吸い付いてきた。

「☆▲&◇%!■!!」

突然の出来事に北斗は首まで真っ赤になって、ぱくぱくと酸欠の魚の如く口を開けたり閉じたりして小刻みに震えた。

北斗の反応を楽しそうに眺めていた猛はひらりと後ろに飛び退く。

同時に北斗の平手が空を切った。

「ごちそうさま。それと僕もここに住むことにしたから。」

強烈なお返しを免れた猛は、唇をぺろりと舐めて上機嫌に言うと後ろを振り向きながらにやりと笑った。

その視線の先には―――兇がいた。

「鈴宮君!」

薄暗い台所の入り口で呆然と突っ立っていた兇は北斗の声に我に返ると猛に視線を向けた。

「何でいる?」

「仕事終わったから。」

「とっとと研究所に帰れ!」

「嫌だね。」

地の底を這うような低い声で言う兇に対し、猛は明るく楽しそうに答える。

そんな猛を、背後におどろおどろしい闇を背負った兇が睨みつけていた。

「やだなぁ〜そんな怖い顔しないでよ。綺麗な顔が台無しだよ。」

「うるさい。」

猛の言葉を遮るように兇が怒鳴る。

猛はそんな兇を見ながら「怖いねぇ」と肩を竦めた。

兇は、まともに取り合おうとしない猛を無視すると、今度は北斗の側に近づいていった。

「あ、あの・・・」

兇の険しい表情を見て怒られると思った北斗は視線を彷徨わせながら言い淀む。

「あいつに何かされなかった?」

「え・・・う、うん。」

「ほっぺにちゅうはしたよ〜。あ、見てたっけ?」

優しく北斗に問いかけた兇に、猛が茶々を入れると兇がギロリと睨み返した。

「さ、もう遅いから部屋に戻ろう。」

「う、うん。」

兇は今度こそ猛を完全に無視して北斗を連れて台所を出て行った。

「あ〜あ〜、見てらんないよもう。くくく、兇君たら彼女にぞっこんなんだねぇ〜。」

兇が消えていった場所を見ていた猛はポツリと呟く。

あんな兇は初めて見た。

まるで壊れ物でも扱うような兇の彼女への接し方に、猛は心底楽しそうにくすくすと笑った。

「これから楽しくなるなぁ〜。」

猛の楽しそうな笑い声が暗い台所に響いていた。



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