「あれ、そう言えば鈴宮君はなんでこんな所にいるの?」
若菜に治療をしてもらいながら北斗は今気づいたとばかりに兇に質問した。
兇を見ると体育着ではなく制服の姿のままだった。
確か男子は校庭でサッカーのはずだ。
北斗が不思議そうに首を傾げていると
「え、俺?ええっと、その・・・」
と、兇は気まずそうに言い淀んだ。
その兇の様子にピンときた若菜がフォローするかのように口を開いた。
「大方、見学者の女の子達に囲まれそうになったんで、ここに非難して来たんでしょ?」
ぴたりと言い当てた若菜に兇は目を丸くしながら彼女を見上げた。
ちょうど、治療を終え立ち上がった若菜と目が合った。
「ま、まあ・・・実はそうなんだ。」
兇は「良くわかったね?」と、はははと乾いた笑いを浮かべながらそう言った。
「ここに来る途中、女の子達の歓声が聞こえてきたわ。」
「あ、そう言えば。」
若菜の言葉に北斗も頷く。
「うん、俺が試合出ると他の生徒達が授業受けないからって先生に言われて・・・・。」
兇はなんとも気まずそうに頬をぽりぽりと掻きながら事の次第を説明した。
「やっぱすごいね。」
若菜と北斗は、兇の人気の高さを改めて再確認したと感嘆の声をあげた。
そこへ、体育着姿の光一が現れた。
「お〜い兇授業終わったぞ〜!と・・・」
兇に向かって言いながら中にいるメンバーを見て光一は目を丸くした。
「なんだ皆いたのかよ。」
今や校内で有名になってしまった北斗と兇に苦笑いしながら光一は言うと、保健室の中へと入ってきた。
「なんだ〜?北斗、怪我してんのか?」
「あははは〜ちょっと転んじゃってさ〜。」
北斗の怪我に気づいた光一が驚きの声を上げると、北斗は照れくさそうに笑って言った。
「たく、鈍臭いな〜。」
気をつけろよ、と光一は苦笑しながら北斗の頭をぽんと叩く。
その動作に北斗は胸の中がじんわりと温かくなるのを感じた。
ここにいる皆は優しい。
若菜も兇も光一も。
つんと鼻の奥に痛みを感じて慌てた。
――泣いちゃだめだ、みんなに心配かけちゃう。
北斗は鼻から伝わる痛みを振り払うように頭を振った。
「どうした?」
突然頭を振り出した北斗に光一は怪訝な表情で聞いてくる。
「ううん何でもない」
目尻に涙を滲ませて北斗はおどけたように笑ってみせていたが、側にいた誰もが北斗の涙を堪える姿に気づいていた。
「なあに〜北斗、傷が痛いんじゃないの〜?」
そんな北斗を励ますように若菜がわざとおどけてみせる。
「もう、子供じゃないんだから〜。」
そんな若菜に合わせる様に北斗は頬を膨らませて怒ったフリをした。
「なんだ〜痛いのか?なんなら俺が舐めて・・・ぐはっ」
便乗してセクハラ発言をしようとした光一がいきなり床に蹲った。
そのすぐ横では腕組みをしながら椅子に座る兇が、眉間に皺を寄せながら凶悪な笑顔を光一に向けていた。
椅子から伸びる長い足の片方は不自然に光一の方へ向いている。
「傷を、なんだって?」
にっこりと微笑む兇の笑顔は凍て付くツンドラの大地よりも冷たかった。
――蹴ったんだ。
――蹴ったのね・・・。
二人の少女達は床で蹲る光一に冷ややかな笑顔を向ける兇を見て震え上がった。
――なんか黒崎君て猛さんみたい・・・。
ここには居ないあのおどけた笑顔を思い出し北斗は一人納得していた。
だから鈴宮君は黒崎君といると生き生きしているのだと。
北斗が一人納得している横で、若菜もまた驚いていた。
――あの鈴宮君が・・・・。
いつも温厚そうにしているけど猫被ってたんだわこの人。
今だ身も凍るほどの笑顔を張り付かせた兇の横顔を見ながら若菜は「侮れないわこの男」とさらに警戒心を強めるのであった。
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