「少し痛い目をみてもらいますわね。」

そう言ってにっこり笑う魅由樹の顔は悪魔のように見えた。

「魅由樹様、用意できました。」

一人の生徒が魅由樹に伝える。

「そう。」

くすくすくすくす

魅由樹や他の生徒達が北斗の方を見ながら嫌な笑いを零す。

嘲る様な哀れむような侮蔑を含めた笑いだ。

「まずは、水責めですわね。」

そう言いながら魅由樹が顎で示すと、数人の女生徒達が北斗の前に出て来た。

その手にはもちろんバケツを持っている。

「「せーの」」

女達のかけ声と共にバケツの中の水が勢いよく北斗の方へと向かってくる。



バシャア



派手な水音が体育館の裏で響いた。

「な・・・・!」

「うそ?」

「や、やだ、どうして?」

女生徒達の驚愕の声と共に、ピチャピチャと服で吸い切れなかった水が地面に落ちる音が聞こえてきた。

北斗が恐る恐る目を開けると――

頭から水を被った兇が北斗を庇うように抱きしめていた。

「な・・・兇様が!」

「いや〜兇様ごめんなさいぃぃぃ!」

女達は目の前で起こった光景に信じられないと悲鳴を上げた。

自ら兇に水をかけてしまった女生徒は蒼白になりながら兇に向かって何度も謝り。

他の生徒達はいきなり起こった惨事にただただ呆然としていた。

そして、魅由樹はこの事態を信じられないといった様子で二人を見ていた。

「きょ、兇様、な、なぜその子を庇うのですか?」

魅由樹は震える声で兇に聞く。

「高円寺さん」

兇は北斗を抱きかかえたまま魅由樹に振り返った。

「那々瀬さんは僕にとって”大事な人”だから。」

そう言って北斗をきつく抱きしめた。



嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!



その瞬間、辺りからどよめく程の悲鳴が聞こえてきた。

驚いて周りを見ると、何処に隠れていたのか数十人もの女生徒達が泣き崩れていた。

「嘘よ兇君、なんで那々瀬さんなんかと」

「いや〜信じたくない〜」

など等、女生徒達は口々に叫ぶとバタバタとその場を逃げるように走り去って行ってしまった。

その凄まじい光景に、北斗はもちろん兇までもが口をぽかんと開いて固まっていた。

「す、すすす凄いね・・・。」

沈黙を破ったのは北斗だった。

顔は真っ青のまま女生徒達が走り去っていった場所をまだ見ている。

「う、うん・・・。」

この惨状を巻き起こした当事者でもある兇もまた、口元を引き攣らせて頷いた。

女生徒達がバタバタと走り去りやっと静かになった、と北斗が安堵の息を吐こうとした時――

どこからともなく歓声が沸き起こった。

「うおおおおお!兇やるな〜!」

「ほんと、マジかっこよかった!」

「すげーマジスゲ〜!よく間に合ったなぁ?」

草の陰からわっと出てきた男子生徒たちにあっという間に囲まれ、口々にもてはやされる。

「え?え?」

「な、なに?」

北斗と兇はいきなり現れた野次馬に驚きながら自分達を囲む生徒達を見回した。

「て、いうか・・・・もしかして?」

「おう!ばっちり見させてもらったぜ!」

口元を引き攣らせながら青褪める兇に、いつの間に出てきたのか光一はさも当然とばかりに肩に手を乗せながら楽しそうに頷いていた。

「いや〜いいもん見せてもらった〜♪」

「おう、俺も彼女欲しくなったよ。」

「式には呼べよ!」

わっはっはと、男子生徒たちは口々に言いながら北斗と兇の体をバシバシ叩き、散々言いたいだけ言って満足したのかぞろぞろと帰っていった。

後に残された二人はというと――

夕日の沈む体育館裏で抱き合ったまま固まっていた。





体育館での珍事が起こってから半時。

ようやく事態を飲み込み、立ち直った北斗は男子更衣室の前にいた。

もちろん、中で着替えている兇を待っているのだ。

「あ、あの鈴宮君。」

北斗は躊躇いながらドアの向こうに声をかける。

すぐさま「何?」と兇の声が返ってきた。

「あ、あのタオル借りてきたから、使って。」

そう言いながらドアを開けて中へと入った北斗の目に飛び込んできたのは――。

上半身裸の兇だった。

「ありがとう」

しかも兇は礼を言うために振り返った為、北斗は真正面から兇の体を見ることになった。



ひゃあぁぁぁぁ!裸!はだか〜!!



目の保養・・・じゃなくて!目の毒だと、北斗は真っ赤になりながら俯む。

「あ、あのタオル。」

はい、と顔を真っ赤にさせて俯きながらタオルを差し出す。

「ありがとう。」

そう言ってタオルを受け取りながらにっこり微笑む兇の笑顔は最強で。

ちらりと見上げた北斗は更に顔を赤くさせたかと思うと、兇から逃げるように勢い良く後退った。

背中にドンという衝撃と共にガタッと何かが崩れる音が聞こえてきた。

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