「危ない!」

切羽詰った叫び声と共に北斗の体は温かいものに包まれる。

続いてドサッと何かが足元に落ちる音が聞こえてきたかと思うと、僅かな衝撃が体に伝わってきた。

「いって〜。」

そのすぐ後に、兇は頭を押さえながら呻き声を上げる。

あっという間に起きた出来事に北斗は暫くの間呆然としていたが、助けられたのだと気づくと慌てて兇に声をかけた。

「だ、大丈夫?」

言いながら兇が押さえている頭に手を伸ばす。

何か硬いものが当たってしまったのかと不安になった北斗は、自分の置かれている状況も気にせず兇の至近距離まで近づいた。

ふと、さらりと柔らかい兇の髪の毛の感触に、はたと気づいた北斗は思わずどきりとしてしまい伸ばしかけた手を止め顔を上げた。

北斗が顔を上げた事でお互いの距離が更に近くなり、目の前に迫った兇の顔を見て動きが止まる。

「ん、ああ、大丈夫だよ。」

そんな北斗に気づかずに兇は痛む頭を擦りながら北斗を見下ろし、そこで初めて異変に気がついた。

「那々瀬さん?」

「え、あ、あのご、ごめんなさい。」

北斗は我に返ると慌てて兇に謝り赤くなった顔を隠すようにまた俯いてしまった。

その北斗の反応にようやく兇も己の取った行動に気づいた。

北斗がよろめいた時、ロッカーにぶつかった拍子に上においてあった箱が北斗めがけて崩れてきた。

咄嗟に北斗を助けようと盾になったのは良かったのだが、これではまるで自分が北斗を襲っているようではないか。

腕の中で身じろぎする北斗の体の温もりに知らず体が熱くなってくる。

「あ、いやこれは不可抗力で・・・」

己の内に燻り始めた熱を誤魔化すように兇は慌てて弁解した。

「あ、ううん。鈴宮君が庇ってくれたんだよね、ごめんね痛かったでしょう?」

北斗は慌てて兇に視線を合わせると、ぶつけた頭に手を添えて申し訳なさそうに言った。

下から見上げてくる視線に兇はいけないと思いつつも可愛いなと思う。

「那々瀬さんが無事ならいいんだ。」

兇は頭を撫でる北斗の手の動きに合わせて心なしか頭を下げるとにっこりと笑った。

怪我が無くて良かったと安堵しながら兇を見ていると、ふと体育館の裏で兇が魅由樹達に言っていた言葉を思い出してしまった。

思い出してしまうと恥ずかしくなり、また真っ赤になって俯いてしまった。

――す、鈴宮君が言った事、あれどういう意味だろう・・・・。

火照った頬を冷ますように自分の手で押さえながらそんな事を考えてしまう。

ちらりと見上げてみると、突然俯いてしまった北斗を不思議そうに見下ろす兇と目が合った。

――き、聞いてみようかな?

北斗はばくばくと煩く鳴る心臓の辺りを握り締めながら意を決して兇に尋ねてみた。

「あ、あの・・・・さっき言ってたあれって・・・。」

「え?さっき?」

「う、うん・・・体育館で高円寺さん達に言ってた・・・・」

そこまで聞き、北斗が聞こうとしている内容を理解した兇はかっと顔を赤くしたかと思うと恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。

「あ、え〜と・・・・。」

気まずそうに言いよどむ兇に、北斗はあれはその場しのぎに吐いた嘘だったのだと思い熱かった頬がみるみるうちに冷めていった。



何やってんだろ私・・・・。



ちょっとは期待してしまった自分が恥ずかしくなり、兇から逃げるように離れた。

突然突き放すように離れてしまった北斗に兇は驚いたように目を瞠ると。

「どうしたの?」

と心配そうに顔を覗き込んできた。

そんな兇に今の自分の顔を見られたくなくて、北斗は隠すように背を向けると

「ご、ごめん変なこと聞いて。私外で待ってるね。」

言うや否や逃げるように更衣室から出て行ってしまった。

突然自分から離れてしまった北斗に兇は訳がわからず、ただ呆然と北斗の出て行った扉を見つめていた。

その後は、何事も無かったように振舞う北斗と一緒に帰ったのだが、いつもより明るく振舞う北斗に兇はえも言われぬ不安を感じ困惑するのであった。

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