「どうしたのですかこんな所で?」
北斗を呼び止めた女は首を傾げながら聞いてきた。
「え・・・あ〜え〜っと・・・」
北斗はどう答ていいのか分からず気まずそうに視線を逸らした。
実は兇の家を出て住む場所を朝から探していたとはとてもじゃないが言えなかった。
この目の前の女性こそ、現在北斗が居候している兇の実家の使用人の一人だったからだ。
しかも以前「私が北斗様をお守りします」と豪語してからは何故か北斗の事を「様」付けで呼び、何かと世話を焼いてくれる親切なヒトだった。
正確にはヒトだったと言うべきか?
そこまで考えていた北斗はあることに気づき大いに慌てた。
――ていうかなんで菊さんがここに?え?え?これっていいの?今昼だよお菊さん。
北斗が菊と呼んだ女性は実は幽霊である。
祖先が霊導者――彷徨える霊達を霊界へと送る特殊な力を持った者――という奇特な家系である鈴宮家に使用人として棲みついているのだ。
どういう経緯で鈴宮家に使用人として仕えているのかは不明なのだが。
とにかくこの幽霊は真昼間から買い物袋を片手に街中を闊歩していた。
もし正体がばれたりしたら大変なのではないかと北斗は目の前の菊を心配し始めた。
「そ、そんなことより菊さんの方こそ、こんな昼間から街を出歩いてて平気なの?」
幽霊なのに、語尾は周りを気にしてか囁くように小さな声で言った。
そんな北斗の言葉に菊はくすりと笑むと懐から何かを取り出して見せた。
北斗の前に差し出されたそれはお守り袋だった。
「これは?」
北斗は菊の手の中にある守袋をまじまじと見つめた。
「これは坊っちゃんから頂いたもので、護符が入っているんです。これを身に着けていれば霊感の無い人にも私の姿が見えるようになるんですよ。」
だから大丈夫です、そう言って菊はにっこりと笑って見せた。
「ふ〜ん」
北斗は相槌を打ちながら鈴宮君てすごいなぁ〜と暢気に感心していた。
「で、北斗様はこんな所で一体何をなされていたのですか?」
どうやら納得してくれたらしい北斗を見ながら菊は最初にしていた質問を再度聞いてきた。
「え・・・」
完全に忘れていた今日の目的を思い出し北斗は素直に答えられず狼狽えた。
不思議そうに首を傾げていた菊はふと周囲を見回し
「ま、まさか北斗様・・・家をお探しで・・・」
がーんと効果音が響いて来そうな程、悲愴な顔をした菊がそこにいた。
そしてがしりと北斗の肩を掴むと北斗に詰め寄り暗く悲しげな瞳で訴えてきた。
そして彼女は――
「まさか、まさか・・・あの家がお嫌になったのでは?なぜです北斗様・・・兇坊っちゃんもいるではありませんか?・・・はっ!まさかこの菊が・・・菊のせいですか?私が幽霊だから、そうなのですね・・・ええ北斗様は私ども幽霊をお嫌いなのでした・・・そうです私が悪いのです・・・私がこんなだから北斗様が怖がられて家を出ようと・・・ううお二人の愛の障害になるなんて・・・菊は菊はどうしたらよいのでしょうかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
盛大に勘違いしていた。
「ちょっ・・・待って菊さん。違うから!菊さんのせいじゃないから!!」
声を荒げて大絶叫する菊の姿にぎょっとした北斗は慌てて弁解した。
しかし興奮状態に陥った菊は北斗の声に耳を貸すどころか「あああ私がまだあの世に帰れないでいるのが悪いんですぅぅぅぅぅぅ!」と更に意味の解らない事を口走る。
菊の剣幕に周囲の人が気づきだし野次馬が集まってきていた。
このままじゃまずいと思った北斗は、菊の腕を掴むとバビュンとその場から逃げた。
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