「那々瀬さん!!」

消えた北斗の体を取り戻すべく兇が悪霊の元へと駆け出す。

黒い入道雲のように膨れ上がったそれは、悪霊と北斗を覆い隠していた。

分厚い壁のように兇達の前に立ち塞がるそれ。

兇は駆け寄り厚い壁をこじ開けようとした。

しかし雲のようなそれは掴む事すらできず兇の手をすり抜けていく。

ならば、とその中に飛び込んだが、何かに阻まれて弾き返されてしまった。

「結界か……くそっ!」

どうしたらいいんだ、と黒い壁を睨みつける兇に猛がゆっくりと近づいて来た。

「兇、一刻を争うからね、悪いけど僕のやり方であの悪霊を除霊するよ。」

猛はそう言うと分厚い壁を見上げた。

猛の背丈を遥かに上回るそれは、壁と言うより塔のように空高く聳えている。

その高い高い壁を見上げながら猛は口中で何やらを呟き始めた。

いくつかの印を結び手にしていた数珠を頭上に掲げる。

その姿を兇は苦渋の表情で見つめたまま、手の中にある己の数珠を握り締めるのだった。



『寒い』

最初に思ったのはそれだった。

あまりの寒さに体がぶるりと震えた。

目を開けたそこは真っ暗な闇の中だった。

きょろきょろと辺りを見回すが誰も見当たらない。

急に心細くなって声を出してみた。

「誰か、誰かいませんか〜?」

ここが何処なのかも、今どんな状況に己の立場があるのかも忘れて必死に叫んだ。

「誰か……兇、君……」

ぽつりと呟く。

次に心に浮かんだのは『淋しい』だった。

ひとりぼっち。

真っ暗な闇の中でたったひとり。

北斗はあまりの心細さに己の腕で自分の体を抱き締めた。

小さく小さく縮こまる。

目を開けていても真っ暗な闇しかないのなら、そんなもの見たくないと、固く瞼を閉じた。

きつく、きつく、閉じる瞼。

自分はたった一人。



『怖い』



更に浮かんできたのはそれだった。

ふと、固く閉じた闇の中に何かが浮かんできた。

ぼんやりと霞のように見えてくる光景。

それは段々と色を濃くしていき。

そして輪郭もはっきりとしてくる。

北斗はその光景に息を飲んだ。



そこには――

楽しそうに笑う自分の姿……。



あの悪霊の幸せそうに微笑む姿があった。

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