第3章 【霊導者】


「あ、あの……兇君」



それは、陽も高くなり始めた初夏の頃。

居候先の次男坊でありクラスメートでもある鈴宮 兇に、居候でありクラスメートの那々瀬 北斗が何気なく聞いたことが事の発端だった。



ここはとある繁華街の片隅。

しかしその華やかで煌びやかな夜の姿は鳴りを潜め、今は静かで閑古とした昼の姿を晒していた。

「ここ?」

「うん」

自分が思い描いていたイメージとかけ離れていたその場所に、自ら進んでついて来た北斗は訝しそうに隣に立つ兇を見上げた。

見上げた先の兇はといえば、至極真面目な顔で北斗の問いに頷いている。

しかも、真面目に答えた兇の背には大きなリュックがあり。

さらに、下へと視線を移すと右手には何故か保温ポットが握られていた。

そのアンバランスな出で立ちに、北斗はますます以って訳が判らないという顔になる。

「さ、行こう」

「う、うん」

北斗の不安を知ってか知らずか、兇はまた真面目な顔でそう言うと、その先へと足を踏み入れていった。

その後を北斗も慌てて追いかける。

二人が入って行ったそこは、『CLOSE』と書かれたプレートがドアノブにかかった繁華街の店の一つであった。



一ヶ月前、高円寺 魅由樹が悪霊に取り憑かれたあの事件が無事に解決した後、何故か苛めがぱったりと無くなった北斗は、久しぶりに平穏な生活を送っていた。

しかも夏休みが始まったのを良いことに、バイト三昧に明け暮れていた。

そんな中、ふと朝早くから制服姿で何処かへ出かける兇の姿を見かけたのだった。

その時は「学校に用事でもあるのかな?」と、大して気にはしなかったのだが・・・・・・

それが3日、4日と続くとなると、さすがに鈍い北斗でもおかしいと気付く。

気にし始めてしまうと、気になってしまうのが人の性。

不審な兇の行動が気になって仕方が無い北斗の所へ、折り良くも救いの手(?)が差し伸べられたのだった。



「兇なら国からの要請で仕事に出かけてるんだよ。」



そう言って相変わらずの悪魔の笑顔で教えてくれたのは……



ただ今、学園一の人気を誇る教師こと――鈴宮 猛だった。



そして、『兇の不動の人気』を半分も掻っ攫っていった人物である。

北斗の虐めが無くなったのは猛のおかげだと、数日前に情報通の光一から教えてもらったのだが。

その人気は驚くほどで、『猛様☆親衛隊』というのが学校内にできているらしい。

もちろんその中に魅由樹も混ざっていた。



そんな猛のセクハラに近い至近距離からの耳打ちに、北斗は顔を真っ赤に染めながら「何か凄い単語が混ざってる」だとか、「仕事ってなんだろう」とか内心で突っ込みながら慌てた。

そして色々聞きたいが、でも私がそこまで突っ込んで聞いてしまって良いものかどうか迷っていた北斗に



「気になるなら聞いてみたら?北斗ちゃんなら兇も教えてくれるよ絶対。」



と意味のわからない絶対的な太鼓判を押されたのがつい3日ほど前。

そして悩みに悩んだ挙句、意を決して直接本人に聞いてみたのが昨日。

「関係ないって言われたらどうしよう」

と聞いたことを後悔していた北斗に兇は

「なら今度一緒に行ってみる?」

と快く誘ってくれたのだった。

そして本日。

期待と不安と緊張でもつれそうになる足で兇の後をついて来た北斗だったが……



目の前の光景にポカンとしていた。

正直、予想外だった。

目の前に広がるのは緩慢な空気。

和やかな風景だった。

北斗達が入って行った店の中は、割れた窓ガラスから差し込む光で思っていた以上に明るくそして綺麗だった。

バーか何かなのだろう、店の中には幾つかのテーブル席があった。

その奥にはカウンターがあり、棚には酒類と思しき瓶が所狭しと並べられていた。

天井にはレトロな作りのファンが設置されており、ひと目でここが大人達が酒を嗜む場所だと見て取れた。

その店の中央――割れた窓から差し込む光に照らされた床の上には



レジャーシート。



真っ青なブルーシートとも呼ばれるそれは、しかも1人や2人が座るサイズではない。

余裕で5〜6人座れるほどの大きさのそのレジャーシートの上には



兇が行儀よく正座していた。



強いて言えば、その兇の横にはご丁寧に折り畳み式の卓袱台があった。

さらに付け加えれば、レトロな湯飲みやら急須やら、はたまた茶菓子までもがあった。

旅館にある備え付けの茶菓子セット?かと見間違えてしまいそうなそれらは、全部兇が持ってきたものだ。

トポトポと急須に湯を注ぐ姿は妙に手馴れている。

これからお茶会でも開くのかと錯覚してしまいそうな光景が、北斗の目の前であたかも当然のように繰り広げられていた。

そんな意外な姿の兇を呆然と見つめていると、ふいに兇が宙を見上げた。



「あの・・・良かったら一緒に飲みませんか?」



話しかけた先は真っ白な壁。

しかも湯飲みを持ち上げ、お茶を勧める素振りまでしている。

予想外を飛び越えて奇妙なその光景に、北斗の瞳はますます見開かれた。

口をぽかんと開けたまま兇の姿を見ていると



変化があった。



木漏れ日の差すその店の中央。

ちょうど兇が見上げた辺りの空間が何やらゆらりと揺らめいた。

最初は陽炎のようにゆらゆらと揺れていたその空間はいつしか一筋の煙のようなものを生み出す。

それが一際大きく揺れた瞬間――



その場に人が現れたのだった。



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