「いってきま〜す。」



学生二人組みが家を出た後、珍しい組み合わせが玄関で肩を並べていた。



「やれやれ先程はどうなることかと思いましたよ。」



「何も気づかずに行ってくれたねぇ〜。」



保と猛、仲が良いのか悪いのかいまいちよくわからないこの二人の親子はそう言うと、ほっと安堵の溜息を漏らしていた。



「とりあえず礼を言っておくよ。」



「何がですか?」



う〜んと背伸びをしながら言ってきた息子に父がはて?と首を傾げてみせた。



「彼女のことさ、俺のいない間あの子が悪い夢を見ないようにしてくれてたろ?」



「おや、気づいていましたか。」



息子の言葉に父はにこりと笑顔を返した。



「あの子は感受性が豊かなようですからねぇ。ここへきてから霊と関わる事で忘れていた昔の記憶が呼び戻されちゃったんでしょう。」



「確かに、ね。」



可哀想な事をしました、という保に猛は肩を竦めながら初めて彼女と会った日の事を思い出していた。



自分が初めて彼女に会った夜、何故か彼女の事が気になってしまった。

部屋を覗いてみたら、うなされている彼女がいた。



「おかあ・・・・さん。」



うわ言で母を呼ぶ彼女に居た堪れなくなった。

悟られないように部屋に入って彼女の手を握ってやっていたら、安心したのか眉間の皺が解けて安らかな寝顔になった。

そしてそのままうなされる事無く朝まで眠ってくれた。



「ふうん。」



猛は己の手をまじまじと見つめた。

霊を無理やり浄化させることが得意な己でも彼女を安心させてあげられるのだと驚いた。

そんな事があってから、猛は彼女の部屋に時々訪れるようになった。

そして、ちょっとした細工を施した。

良く眠れるように悪夢を見ない”お守り”を部屋に置いたのだ。

もちろん兇にはバレないように細心の注意を払った。

独占欲の強い弟はきっと嫉妬するだろうし自分の無頓着さに落胆するだろうから。

まだまだお子様な弟に苦笑しながらも、時々北斗の悪夢が強くなったときは側にいたりしてあげた。



――うっかり眠ってしまって朝見つかっちゃったりしたけどねぇ〜。



自分もまだまだだなぁ、と反省しながら隣の父を見ると父は何故かにこにこしながらこちらを見ていた。



「なに?」



気持ち悪!と思いながら猛が聞くと、保は「ん〜?なんでもない。」とやけに嬉しそうにしている。

そんな父親を相変わらず何を考えているのかわからない人だなぁ、と思いながら猛は「でも」と呟いた。



「もう僕の”お守り”は効かなそうだなぁ。彼女思い出しちゃったみたいだしね。」



そう言って寂しそうにする息子に保は苦笑しながら言ってきた。



「まあ、良かったんじゃないですか?今回の件は彼女に関係ありますし、少しは警戒してもらわないと困りますからね。」



護る側としては、と付け足す保に猛は確かにと頷く。



「ま、そろそろ決着つけないとだねぇ。」



借りも返さないとだし、と答える猛に保が



「ヤツの居場所は特定できたんですか?」



すっと真顔に戻って聞いてきた。

笑顔の消えた退魔師に猛も鋭い視線を向ける。



「まあ、だいたいは・・・・兇も調べていることだし居場所はすぐ割れるだろうさ。あんたもいることだしね。」



「私は何もしてませんよ。」



そう言ってにっと笑う猛に保も笑った。



「俺達3人に目を付けられたら逃げられないでしょ。」



そう言うと猛は肩を竦めてみせた。

退魔のスペシャリストが三人も揃ったのだ、ターゲットになった悪霊は不運としか言いようがない。

しかし一分も憐れだとは思わなかった。



――俺達が大事にしているあの子を泣かせたんだからな。



猛は胸中で悪霊に向かって呟く。

悪霊の狙いが彼女である以上助けてやる気はさらさら無かった。

猛は踵を返すと「じゃ」と一言言って部屋へと戻っていった。

そんな息子の背中を見つめながら保はぽつりと一言。



「ふふ、君もやっぱり鈴宮の人間ですねぇ。」



と嬉しそうに呟くのだった。







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