今日の北斗は変だった。
何処がどう変かと言うと。
ぼぉ〜っとしていたかと思うと突然はっとしてみたり。
遠くを見つめては溜息を吐いたり。
突然顔を赤くして慌てふためいてみたり。
これはもう・・・・。
「「恋煩い!」」
綺麗に声が重なった。
「やっぱそう思う?」
「て言うか、誰が見てもそう見えるでしょ?」
「まあなぁ〜、あれだけ明からさまだとな。」
言いながら話題の少女を見ると、机に頬杖をついて溜息を吐いているところだった。
今は休み時間の教室の中、若菜と光一が珍しく教室の隅で話し込んでいた。
「本人は無自覚だと思うわよ。」
「マジかよ!」
「元々そういうのに鈍感な子なのよ。」
「うへぇ〜、今時珍しいな。」
「純粋なのよ北斗は。」
「へいへい、ま、あいつも前途多難だなぁ〜。」
若菜の話を聞いていた光一は、反対側で女子達に囲まれている友人に哀れむような視線を向けながら言った。
「ねえ、それ本当なの?」
「ん?何が?」
「バカ!鈴宮君のことよ!」
「ん、ああ、あいつが北斗の事が好・・・ふがっ」
「しー!皆にバレたらどうすんのよ!大騒ぎになるわよ!!」
若菜は途中まで言いかけた光一の口を、持っていた教科書で塞ぎながら睨みつけた。
「何すんだよ!まあ、本当らしいぜ、なんせ本人が言ってたんだからな。」
「そんな・・・」
光一の言葉に若菜は落胆した。
「ま、まあ、そう落ち込むなよ。男は他にいくらでもいるぜ?なんなら俺が・・・」
「バカ言わないでよ!私がいつ彼の事好きだって言ったのよ!」
てっきり兇が北斗の事を好きだという話を聞いた若菜が落ち込んでいるのだと思っていた光一は、若菜の言葉に一瞬呆けた。
「え、て・・・お前いつもキャーキャー言ってたじゃん。」
「あ、あれは好きって言うんじゃなくて、アイドルとかの追っかけみたいなものよ。目の保養みたいなもの!本当に好きとかそういうんじゃないんだから、勘違いしないでよね。」
「あ、あ〜・・・そうなんだ!へ〜へぇ〜〜。」
そう言いながら、お互い口ごもり不自然に視線を逸らす―――心なしか二人とも頬が赤かった。
「ま、まあ、この事は内緒よ!周りにバレたら大変だわ。」
視線を逸らしたまま若菜が言う。
「おう!ま、ここは温かく見守ってやるとするか♪」
「この前みたいなのはやめてよね。」
この前の事―――北斗と兇が二人で帰ったときの事を言っているらしい。
若菜に釘を刺された光一は、肩を竦めながら苦笑するしかなかった。
「はぁ〜。」
北斗は今日何度目になるか分からない溜息を吐いていた。
あと数メートルも行けば兇の家に辿り着いてしまう。
最近日課となりつつある『宿探し』をしてきた帰りなのだが、今日の北斗は物件が見つからなかった事よりも別の事で悩んでいた。
―――帰りたくないなぁ。
そう心の中で呟くとまた溜息を吐いた。
―――ううう、帰ったら猛さんいるんだろうなぁ〜。
今朝の事を思い出すと頬が熱くなってくる。
―――しかも、昨夜は鈴宮君とあんなことしちゃったし。
ぼっと音が出る勢いで顔が真っ赤になり、慌てて両手で隠した。
不可抗力だったとはいえ、兇と抱き合ってしまった事を思い出すと動揺せずにはいられなかった。
優しい声、温かくて大きい手、意外と広くて厚い胸板、耳朶をくすぐる低い声・・・・。
―――きゃぁぁぁぁぁぁ〜!!
慌てて頭をぶんぶん振り、恥ずかしい思考を吹き飛ばす。
「あれ、那々瀬さん。こんな所でどうしたの?」
頭上で声が聞こえてきた。
聞きなれた声に恐る恐る振り返ると―――兇がいた。
「あ、あ、あ、あ、あの、なんでもない!なんでもないから!!。」
ずささっと勢いよく兇から離れると、真っ赤な顔で手を振りながら慌てて答えた。
「ふぅん。」
兇はそんな北斗を訝しげに見ていたが、ふいに北斗の肩に手を伸ばす。
「さ、暗くなってきたから家に帰ろう。」
「あ、うん。」
辺りを見ると既に日は落ち薄暗くなってきていた。
北斗は素直に頷くと、兇に促されるまま家に向かった。
家に着くと案の定、玄関で猛が待ち構えていた。
「おかえり〜♪あれぇ?兇君も一緒だったの?」
「悪いか?」
帰宅早々剣呑な空気が漂い始める。
「た、ただいまです・・・私宿題があるのでこれで!」
その場の空気に耐え切れなくなった北斗は足早に自室へと逃げた。
そんな北斗の後姿を可笑しそうに眺めていた猛は、ふいに兇に視線をもどす。
「彼女、狙われてるんだって?」
「ああ。」
「相手は?」
「俺がやる。あんたは手を出さないでくれ」
「ふうん、まあいいけどね。君なら大丈夫だろうし。」
兇の言葉に瞠目していたが、ふっと目を細め微笑しながら頷いた。
もう話はないとばかりに無言で猛の横をすり抜け自室へと向かおうとした兇の背中に猛の声が届く。
「そういえば、最近若い女の子ばかりを狙った通り魔がいるって噂を聞いたけど、どうもそいつ人間じゃないみたいだよ。」
北斗ちゃん、か弱いから心配だなぁと、ちらりと兇の背中を見ながら呟く。
「知っている。あいつらは――だ。僕の敵じゃない。」
「そう、なら安心だね。」
背を向けたまま言う兇に猛はにこにこしながら頷く。
兇はそんな猛をちらりと見ると今度こそ背を向け廊下の先に消えていった。
「健闘を祈るよ。」
猛は歩いていく兇の後姿を見つめながら静かに呟いた。
放課後いつものように若菜と不動産屋巡りをしていた時、ふと携帯が気になったのがいけなかった。
何気に着信履歴を見ていたら、あったのだ―――留守録が。
授業中にかかってきた友達からの伝言だろうと警戒心も持たず聞いてしまったのがいけなかった。
その伝言には―――持ち主を凍り付かせるほどの内容が録音されていたのだった。
「で、どうするのよ?」
「ど、どうするもこうするも会うっきゃないでしょぉ〜。」
北斗は携帯を握り締め涙ながらに答えた。
そんな北斗を見ながら若菜は嘆息する。
「もう、しょうがないわねぇ!こうなったら相談よ!」
「え、だ、誰に?」
「決まってるでしょ!」
若菜はウインクをしながら困惑する北斗の腕を掴むと、ある場所へと連れて行った。
「えっと、つまり・・・那々瀬さんの。」
「ええ、おじ様が3日後にこっちに帰ってくるのよ。」
「事件の事は?」
「し、知ってる。実はその事で相談が・・・」
北斗はそう言いながらぽつりぽつりと説明し始めた。
ここは鈴宮家の一室。
あの後、若菜は北斗を連れて鈴宮家の門の前に来ていた。
そこへ丁度居合わせた兇に相談があるからと言って客間に通してもらったのだ。
そして先ほどの相談とはこうだった。
事件の後、海外転勤中の父親には『家が火事にあい全焼したため今は若菜のうちで世話になっている』と説明しておいたのだが、それが嘘だったとばれてしまった。
こともあろうに北斗の父親が若菜の家にお礼の電話をかけてしまったらしい。
当然若菜の両親は北斗たちの嘘など知らず、本当の事を話してしまったのだ。
もちろん、現在お世話になっている場所のことである。
事実を知った北斗の父親は慌てて北斗の携帯に電話してきたと言うわけなのだが。
「それで、その・・・お、お父さんが挨拶に来たいって言ってて・・・」
携帯の留守電には3日後日本に帰国するからその時、今お世話になっている方々にきちんと挨拶がしたいという父の声が録音されていた。
留守電の父の声はどこか硬かった、たぶん怒っているのだろう。
そう思うとなんとも居た堪れない気持ちになった。
鈴宮君の家に来て父は何を言うのか?もちろん挨拶をするのだろうけど、一緒に住んでいるのが同い年の男の子で、しかも同じ学校のクラスメートだと知ったら父はどう思うのか?
―――変に勘ぐられたりしなきゃいいんだけど・・・。
年頃の娘を持つ父親は娘の男女交友に厳しいと聞く。
北斗の場合は高校入学を境に父親と離れて暮らしていたのでこういった話題はした事がなかったので良くわからない。
―――中学の時ってどうだったっけ?
父親の面影を思い出しながら過去の思い出を掘り出してみるが、緊張と動揺の為かうまく思い出せずにいた。
「・・・・・と言うわけだから那々瀬さん。聞いてたかい?」
昔の思い出に没頭していると突然兇から声をかけられ慌てて顔を上げた。
「もう、何ぼーっとしてたの?ちゃんと話し聞いてた?」
若菜も眉間に皺を寄せながら北斗の顔を覗き込んでくる。
「あ、ご、ごめん。なんだかぼーっとしちゃって。で、何?」
北斗の言葉に二人は困った顔をしながらお互い顔を見合わせていた。
「え〜っと、とりあえず3日後那々瀬さんのお父さんにはちゃんと本当の事を話そうと思ってる。それで、きちんと話をしてこのまま家にいられるよう頼んでみるよ。」
「で、でももしそれでダメだったら?」
「大丈夫だよ。」
北斗の心配をよそに兇は朗らかに笑っていた。
「で、でも・・・」
「まあ、鈴宮君の家がダメなら私の家もあるんだから心配しないで。」
むしろそっちの方が私としては嬉しいんだけどね、とウインクをしながら若菜が肩を叩いてきた。
北斗はそんな二人を交互に見てただ頷くしかなかった。
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