「オッス兇、昨日はどこ行ってたんだよ〜」
朝の爽やかな教室に響いてきたのは、陽気な声で挨拶してくるクラスメートで悪友の光一の声だった。
黒崎 光一――――人付き合いが苦手な兇に何かと世話を焼いてくる人物だ。
クラス一騒がしく、云わばムードメーカー的な存在と言える。
光一は教室へ入ってくるなり、ずかずかと兇の座っている席へと近づくと机に両手をつきながら至近距離で質問してきたのだった。
兇は『ハトが豆鉄砲を食らった(光一談)』のような顔をしながら目の前のクラスメートをまじまじと見上げた。
「え〜〜と・・・」
「お?なんだ〜その含んだ言い方は〜なんかあったのかな〜?」
視線を逸らせながら言い淀んだ兇に、光一は「何かあるな」と瞳を輝かせた。
「はは〜ん、さては可愛い子ちゃんとい〜い事してたのかな〜?」
ほれ白状しろと、うりうりと肘で兇をつつきながら更に聞いてくる。
「そ、そんなんじゃ・・・なにも無かったよ」
あながち外れていない問いかけに、兇は頬を薄っすらと染めながら答えた。
本来まじめな性格の彼は嘘をつくのは下手な方で・・・・――特に光一よりは下手だ――その為墓穴を掘ってしまった事に気づいたのは不幸にも光一の方だった。
「へ〜〜〜〜〜〜〜♪そうなんだ〜〜♥」
「な、なんだよ?」
「別に〜♪」
自分を見ながらにやにやと笑う光一を、胡散臭そうな視線を送りつつも話題が逸れた事にほっと胸を撫で下ろしていた。
「んで、誰と?」
しかしほっとしたのも束の間で、光一から突然の不意打に思わずむせてしまった。
げほげほと咳き込む兇の背中を擦ってやりながら「わかりやすいヤツ」と苦笑をこぼしながら光一は呟いた。
あの後、なんとか落ち着いた兇を待っていたのは、この悪友(光一)からの執拗な質問攻撃だった。
しかし、兇もやられっぱなしは癪に触ったので昨日の出来事は要点だけ――しかも相手の子の名前も伏せたまま――適当に説明してやった。
「ふ〜ん、で彼女とは何も無かったわけだ」
机に肘をつきその手で顔を支えたまま、つまらなさそうに光一は呟いた。
「そ、何も無かったよお前の喜びそうな事は、な」
「・・・・もったいない」
「お前なぁ〜・・・」
兇の言葉に心底残念そうに呟く光一の顔は本当につまらなさそうだった
兇はそんな悪友の顔を見ながら抗議の声をあげた
「だってそうだろ〜?お前ときたらぜんっぜん女に興味が無いときてる・・・普通それはチャンスだと思わなきゃ男じゃないぜ!!」
鼻息も荒くそう言いながら詰め寄って来る光一の顔を避けながら兇は溜息をついた。
「またその話かよ?今はそんな気は無いって何度言ったら――」
「だ〜〜〜おかしいっ!変だッ!!それでもお前健全な男子高校生か?男だったら女に興味くらいあるだろうが〜〜?・・・・てお前まさかっ!?」
うんざりしながら言おうとした兇の言葉を光一は遮り一気に捲くし立てていたが、突然何かに気づきみるみるうちにその顔が青ざめていった。
突然表情の一変した光一を訝しげに思いながら、兇は光一に「大丈夫か?」と心配そうに言いながら近づいた途端――――
「うわあぁぁぁぁ!お、俺はそんな趣味はないぞおオぉぉぉぉ!!」
と裏返った声で叫びながらもの凄い速さで後ず去った。
「何言ってるんだお前?」
突然叫んだかと思ったら急にこちらを見ながら震える光一に、兇は訳が分からないと首を傾げていた。
――――のだが・・・・。
「だ、だって実はお前男が好き――――ぶはっ!」
冗談にならない内容をわめき散らそうとしたその瞬間、光一の後頭部に兇の鉄拳が炸裂した。
「いいかげんにしろ!!」
兇は青筋を額に浮かばせながら、机に顔ごとめり込んでいる光一に低い声で怒鳴った。
その時――――
「おっはよ〜」
明るく甲高い声が教室に響いた――――正確には騒々しい教室にはたいした音量ではなかったのだが、兇にだけははっきりと聞こえたらしい。
見ると彼女がそこ――教室の入り口――にいつもと変わらない笑顔で立っていた。
目だけで彼女の姿を追っていると、ふいに横から声がかけられた。
「麗しのお姫様のご登場だな♥」
驚いて振り返ると、にやにやと笑いながらしたり顔の光一が腕を組みながら兇を見ていた。
「な、何の事だよ」
背筋に薄ら寒い悪寒を感じ後ず去りしながら光一に聞き返す。
「またまた〜とぼけちゃって♪彼女なんだろ〜〜?」
そう言ってちらりと彼女を見た後、「昨日のデートの相手♥」と兇の耳元でこっそりと囁いた。
今度こそ兇は、何も言えなくなってしまい俯いてしまった――――しかも、その耳はトマトのように赤くなっていたとか。
そんな兇を目を細めながら嬉しそうに見ていた光一は、真っ赤になって俯いてしまった兇の耳元で「なんなら相談乗るぜ」と優しく囁いた。
「ふ〜ん、怒らせちゃったのか〜、そりゃ御愁傷様」
言葉とは裏腹に楽しそうな声音で言ってきたのは、彼の友人でもある光一だった。
「・・・・お前実は楽しんでるだろう」
からかいの意を込められたその言葉に、兇は言いながらジト目で相手を見つめた。
今は昼休み、朝の話を詳しく聞かせろと無理やり連れて来られた場所――人の少ない場所をと探してきたここは、2階にある校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の入り口――で、野郎が二人昼ごはんを頬張りながら話していた。
「あははは〜そんなわけないって」
手をひらひらさせながら否定するが、光一の額からは冷や汗が流れていた。
そんな光一に対し軽く溜息を吐くと、足元のコンクリートを見つめながら兇はポツリと呟いた。
「謝らなくちゃとは思っているんだ・・・・」
俯いたまま空になったパンの袋をくしゃりと握りつぶす。
「謝りゃいいじゃん」
そんな兇を横目で見ていた光一は、頬杖をつきながらさらりと言ってのけた。
「それができたら悩んでねぇよ・・・」
「なんで?簡単じゃん!こう、昨日はごめんって一言言うだけだぜ!?いつもの事じゃんか」
――――そう、いつもの事。
本来人と付き合うのが苦手な自分は、必要以上に相手と接しないようにしている――――だからといって対人恐怖症でも、あがり症でもない。
あくまで苦手なだけなのだ。
しかし苦手だからといって人と話すのに問題があるわけではなく、むしろその逆かもしれない。
常に感情を出さず相手に接している為、人からは「誰に対しても平等だ」とか「誰にでも優しい」と思われているらしい、何も感じないからこそ同じ笑顔、同じ態度ができるのだ、人と接しているときの自分は『好き』とか『嫌い』とかの概念がないから相手を褒める事も、謝る事もそう難しくは無い。
しかし、彼女だけは違った・・・・上手く言えないけど。
――まあ、あと問題があるとしたら"アレ"だろう・・・・。
先程からちくちくと突き刺さるモノに内心うんざりしながら溜息をついた。
「お〜お〜、お早い事で・・・もう嗅ぎ付けて来たぞ〜♪」
そう言いながら視線を背後に向け、肩を竦めながら光一が言ってきた。
自分がこうなったのも半分はアレのせいなのだ・・・・。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら光一とおなじ所へ視線を向けると、渡り廊下の向こう側からこちらを伺っている数名の女の子達の姿が見て取れた。
その瞳は、うっとりとそりゃもう、うっっっとりと、ハートの形にならんばかりの女性陣の熱い視線が兇にだけ、注がれているのだ。
兇が人付き合いが苦手な・・・苦手となった原因――――モテ過ぎることであった。
目立つ容姿のせいもあってか子供の頃から四六時中誰かの視線を感じていた。
しかも成長するにつれ、ただの興味本位だったものから異性へ向ける恋愛感情のそれに変わっていくと、鬱陶しいを通り越して時には鬼気迫る悪寒さえ感じるようになっていった。
その結果がこれだ・・・・まあ、対人恐怖症などにならなかったのは不幸中の幸いと言えなくは無いが。
「にしても・・・相変わらずスゲー人気だなぁ〜」
いいな〜俺もモテてみてぇなぁ〜、とあくまで人事として言ってのける光一をギロリと睨んでやったが、一枚上手な彼は全く動じない。
――この視線、できることなら半分こいつにくれてやりてぇ〜〜〜。
などと思いつつ隣の男をちらりと見ながら、背中に突き刺さる視線に深い溜息を吐いた。
「な〜、お前さ〜、あの女の子たちに告白されたり話しかけられたりした事あんだろ?」
「え?あ、ああ」
突然話を振ってきた光一の質問に内心警戒しながらも素直に答えた。
「あの子達と話してるときってどんな感じだった?」
「へ?」
からかわれると思っていた兇は一瞬呆気に取られ素っ頓狂な声をあげる。
「なあ、どうだったんだ?」
そんな兇など気にする風もなく光一はさらに聞いてくる。
「え、別になんとも――」
「だよなぁ〜」
兇の答えを全て聞き終わる前に、光一はうんうんと納得した様に頷くと腕を組んだまま考え込んでしまった。
「おい・・・なんなんだよ」
一人で考え込んでしまった光一に、兇は訳が分からないと眉間にシワを寄せながら光一に聞き返した。
すると光一は――――
「いやな、お前いつも人と話す時って当たり障り無い様に話してるじゃん、ま、そんな所がクールに見えて女達にはたまんないらしいんだけどな〜!冷静沈着、容姿端麗、誰にでも優しいとくりゃ、そりゃ女がほっとかないわけだ!」
うんうんと頷きながら言う光一に、話の矛先が変な方向に向かっている・・・と焦った兇は慌てて修正を試みる。
「だからなんなんだよ」
「ん、ああ悪い悪い でだな・・・まあ、春が来たってわけだよ」
そう言ってにかっと笑ったかと思うと光一はバシッと兇の肩を叩いた。
「は?意味わかんねぇって、教えろよ」
確かに今は春だが・・・・。
いきなり言われた言葉はそんな当たり前な一言・・・・混乱するなという方が難しい。
「ま、わかんなきゃいいって事よ」
「何だよそれ・・・」
訳の分からない兇は、さらに訳の分からない光一の言葉に膨れっ面をする。
それを見た光一は、くくくと肩を震わせて笑い出した。
「あそうだ、頼みがあるんだけどさ〜」
今度付き合ってくんない?と、ひとしきり笑った光一は思いついたとばかりに、満面の笑顔で兇に話を持ちかけてきた。
「なんだよ・・・」
話を持ちかけられた兇はというと、その笑顔をジト目で見据えながら嫌そうな声音を隠しもせずに友人の言葉を促していた。
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