第2章 【悩み】
うろうろうろうろ
てくてくてくてく

かれこれ数時間もの間、あっちへ行ったりこっちへ行ったりする北斗の姿があった。
ここは不動産屋が立ち並ぶ街の一角。
北斗は休日を返上して不動産屋巡りをしていた。
しかもいつも一緒に居る親友の若菜は今日はついて来ていなかった。
別に若菜の都合が悪かったわけではなく、北斗が意図的に誘わなかったのだ。
先程から壁に張り出されている物件を見ては「これもダメ」「あれもイマイチ」とぶつぶつ呟いていた。
暫くして一軒の不動産屋に目星をつけると北斗は中へと入っていった。
数十分後―――
不動産屋のドアが開き力なく肩を落とした北斗が出てきた。

「はあ、今回もやっぱりダメだった〜。」

大きな溜息と共に小さく呟く。
どうやら成果は無かったようだ。
なぜ北斗がこんな事をしているのかというと――

数日前、ある悪霊に命を狙われていた北斗だったが兇と猛のお陰でなんとか事件を解決する事ができた。
しかし、その悪霊のせいで以前住んでいたアパートを燃やされ住む場所を失った北斗は兇の好意で兇の実家へ居候させてもらえる事になった。
だが事件も解決した今、兇の家に住まわせて貰う理由も無くなってしまった北斗は兇の家を出ようと決意したのだった。

そこで朝から不動産屋巡りをしていた訳なのだが・・・。
一向に成果の出ない繰り返しに北斗はだいぶ参っていた。
ここで兇と猛が居合わせていたのなら強引に懐柔して家まで連れ帰っていたのだろうが、幸か不幸かあの兄弟はここには居なかった。
幾分疲れが出てきた北斗は携帯で時刻を確認する。
既に昼を過ぎていた。
どこかで昼食でも摂ろうかと辺りを見渡すと、数メートル離れた先にファーストフード店があった。
今日の昼食はあそこにしようと北斗が歩き出したその時――

「あら北斗様?」

最近では聞き慣れた哀愁漂う美しい声に呼び止められた。

「どうしたのですかこんな所で?」

北斗を呼び止めた女は首を傾げながら聞いてきた。

「え・・・あ〜え〜っと・・・」

北斗はどう答ていいのか分からず気まずそうに視線を逸らした。
実は兇の家を出て住む場所を朝から探していたとはとてもじゃないが言えなかった。
この目の前の女性こそ、現在北斗が居候している兇の実家の使用人の一人だったからだ。
しかも以前「私が北斗様をお守りします」と豪語してからは何故か北斗の事を「様」付けで呼び、何かと世話を焼いてくれる親切なヒトだった。
正確にはヒトだったと言うべきか?
そこまで考えていた北斗はあることに気づき大いに慌てた。

――ていうかなんで菊さんがここに?え?え?これっていいの?今昼だよお菊さん。

北斗が菊と呼んだ女性は実は幽霊である。
祖先が霊導者――彷徨える霊達を霊界へと送る特殊な力を持った者――という奇特な家系である鈴宮家に使用人として棲みついているのだ。
どういう経緯で鈴宮家に使用人として仕えているのかは不明なのだが。
とにかくこの幽霊は真昼間から買い物袋を片手に街中を闊歩していた。
もし正体がばれたりしたら大変なのではないかと北斗は目の前の菊を心配し始めた。

「そ、そんなことより菊さんの方こそ、こんな昼間から街を出歩いてて平気なの?」

幽霊なのに、語尾は周りを気にしてか囁くように小さな声で言った。
そんな北斗の言葉に菊はくすりと笑むと懐から何かを取り出して見せた。
北斗の前に差し出されたそれはお守り袋だった。

「これは?」

北斗は菊の手の中にある守袋をまじまじと見つめた。

「これは坊っちゃんから頂いたもので、護符が入っているんです。これを身に着けていれば霊感の無い人にも私の姿が見えるようになるんですよ。」

だから大丈夫です、そう言って菊はにっこりと笑って見せた。

「ふ〜ん」

北斗は相槌を打ちながら鈴宮君てすごいなぁ〜と暢気に感心していた。

「で、北斗様はこんな所で一体何をなされていたのですか?」

どうやら納得してくれたらしい北斗を見ながら菊は最初にしていた質問を再度聞いてきた。

「え・・・」

完全に忘れていた今日の目的を思い出し北斗は素直に答えられず狼狽えた。
不思議そうに首を傾げていた菊はふと周囲を見回し

「ま、まさか北斗様・・・家をお探しで・・・」

がーんと効果音が響いて来そうな程、悲愴な顔をした菊がそこにいた。
そしてがしりと北斗の肩を掴むと鼻先に触れそうなほど詰め寄り暗く悲しげな瞳で見つめてきた。
そして彼女は――

「まさか、まさか・・・あの家がお嫌になったのでは?なぜです北斗様・・・兇坊っちゃんもいるではありませんか?・・・はっ!まさかこの菊が・・・菊のせいですか?私が幽霊だから、そうなのですね・・・ええ北斗様は私ども幽霊をお嫌いなのでした・・・そうです私が悪いのです・・・私がこんなだから北斗様が怖がられて家を出ようと・・・ううお二人のの障害になるなんて・・・菊は菊はどうしたらよいのでしょうかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

盛大に勘違いしていた。

「ちょっ・・・待って菊さん。違うから!菊さんのせいじゃないから!!」

声を荒げて大絶叫する菊の姿にぎょっとした北斗は慌てて弁解した。
しかし興奮状態に陥った菊は北斗の声に耳を貸すどころか「あああ私がまだあの世に帰れないでいるのが悪いんですぅぅぅぅぅぅ!」と更に意味の解らない事を口走る。
菊の剣幕に周囲の人が気づきだし野次馬が集まってきていた。
このままじゃまずいと思った北斗は、菊の腕を掴むとバビュンとその場から逃げた。





「そうだったのですか・・・」

菊は北斗からの説明を聞き終わった後、安堵の息を零した。

「あの・・・先程は取り乱してしまい申し訳ありませんでした。」

菊は北斗に向き直ると深々と頭を下げた。

「え、いいよ全然気にしてないし。ちゃんと言わなかった私も悪かったんだしさ。」

頭を下げる菊に北斗は手と首を左右に振りながら慌てて言った。
先程自分のせいだと泣きじゃくる菊に本当の理由を教えると、納得してくれたのかやっと落ち着いてくれた。
あのまま放っておいたら絶対菊はお皿を数えだしていただろう。

――さすがにアレはまずいでしょ・・・

以前暗闇の中で見た菊の姿にぶるりと身震いしながら北斗は内心ほっと胸を撫で下ろした。

「しかし北斗様」

「?」

菊は北斗に向き直ると真剣な眼差しで言った。

「その様な事なさらなくてよいのですよ!」

「え、でも・・・もう事件も解決しちゃった訳だし・・・」

「それはそうですが、坊っちゃんの事はどうするのですか?」

「へ?鈴宮君?」

「はい、兇坊っちゃんは北斗様の事を憎からず思っておいでです。北斗様が家をお出になると知ったらそれはそれは、悲しむ事でしょう。」

「え、へ?ちょっと待って!」

「はい?」

北斗は慌てて菊の言葉を遮った。
話の矛先が何故兇に向くのか、そして何故自分が家を出ると兇が悲しむのか、意味が分からない北斗は菊に詰め寄った。

「え、え、そ、それってどういう」

こと?と言う前に菊から明確な答えが出てしまった。

「坊っちゃんは北斗様の事を好いておいでです。北斗様もまた坊っちゃんの事を好いておられるのでしょう?」

何を今更といった表情で菊はしれっと答えた。
菊のその言葉に北斗は完全に頭がショートした。

「それって、それって・・・・」

かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

火が出る程を、実現した北斗の顔は真っ赤だった。
北斗の異変に気づいた菊が慌てた様子で訊ねた。

「え、え?まさかお二人はまだ?」

こくり

熱の冷めない顔を俯かせたまま北斗が頷いた。

「ま、私ったらてっきり。お二人ともお互いの思いを打ち明け合っていたとばかり・・・も、申し訳ありません!!」

菊は冷や汗を流しながら北斗に謝った。

「あ、いいよ。か、勘違いだったわけだし。」

あはは、と笑う北斗の声は恥ずかしさで震えている。
おろおろと慌てる菊は「そ、そんな事ありえません」と頑なに意見を曲げなかったのだが。
とりあえず菊の勘違いということで無理矢理納得させてその場は納まった。

「帰ったら鈴宮君にどんな顔すればいいんだろ・・・」

一人残った北斗は薄暗くなった空に向かって溜息混じりに呟いていた。

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