無数に飛び交う小さな珠
それらに体中を打ちのめされ、魅由樹は目に見えるほどに弱り切っていた。
ぜい、ぜい、と盛り上がったいびつな肩で息をする。
だらりと垂れ下がった両腕には無数の傷と痣ができていた。
しかもその傷は腕だけではなく足や顔、体中の至る所にあり猛の攻撃の凄まじさが窺えた。

「これで最後かな?」

片手で数珠の珠を無数に操りながら猛はつまらなそうに呟く。

――まだ足りない。

目の前の敵に猛はまだまだ戦い足りないと胸中で一人ごちていた。

「もっと戦いたかったんだけどなぁ。」

ぽつりと、つい本音を漏らす。
指先で珠を弄んでいた猛は、すっと目を細めると相手を見据えた。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけその瞳の中に残虐な光を浮かべながら。





「く……。」

ズキズキと痛む背中に思わず足が止まった。
すぐ目の前では猛が魅由樹に止めを刺そうとしている。

――早くしなければ……。

痛みで額に汗を滲ませながら、それでも兇は力を振り絞ってまた駆け出した。



「僕の弟と北斗ちゃんを襲うなんて身の程知らずだねぇ、君の罪は結構重いよ。」

目の前の傷ついた敵に猛はくすくすと笑いながらそう言うと掌を掲げた。
すると空中を漂っていた数珠の珠が猛の手に集まりだした。
どんどん集まってきた無数の珠は、眩い光を放ちながら竜巻のように猛の掌の上で高速回転を始めた。

「悪しき悪霊よ、鈴ノ宮の定めに従い現当主、鈴宮猛がお前を滅してあげるよ。」

にこり

爽やかな笑顔には不釣合いな言葉を吐くと、猛の手の中の珠が先程よりも更に早い回転を始める。



まるで巨大なコマのような塊となった数珠達は、眩い光を放ちながら魅由樹に向かっていった。





イタイ

イタイ

イタイ

魅由樹は声にならない悲鳴を上げていた。
全身を打ちのめされ体中には青紫の痣が浮かび。
青白い皮膚は切り裂かれ赤黒い血が滴り落ち。
既に人とはかけ離れた赤い瞳には戦意すら無い。

痛みに歪む顔。
絶え絶えの息。
口から零れ落ちるのは痛いという言葉だけ。

そして――
視界に迫るのは・・・・・巨大な光。
猛が放ったその力

「ひっ」

その強烈な光の螺旋に魅由樹は悲鳴を上げた。

――ヤラレル

そう思った瞬間、魅由樹の体ががくんと傾いだ。
ゆっくりと倒れていく体。
長い髪はふわりと舞い
その直ぐ上を猛が放った光が弧を描いてすり抜けていった。

とさり

魅由樹の体は力なく地面に倒れた。

「高円寺さん!!」

ようやく魅由樹の元へと辿り着いた兇が必死の声で呼びかけてきた。

「う……兇……様?」

「高円寺さん……良かった。」

薄っすらと瞼を開けて反応した魅由樹に兇はほっと安堵する。

「わたくし、どうして?」

「大丈夫、高円寺さんは休んでて。」

虚ろな瞳で呟く魅由樹に兇は優しく頷くとそっと額に手をかざす。
その途端、魅由樹は眠るように意識を手放した。
力の抜けた魅由樹の体をそっと地面に横たえると、兇は背後に視線を遣る。
そこには白衣のポケットに手を入れ残念そうに肩を竦める猛が居た。

「あ〜あ、もう少しだったのに。」

「猛!」

怒気を孕んだ兇の声に猛は軽く肩を竦める。

「な〜んてね、でも僕のお陰で悪霊離れたじゃない?」

悪ぶれる様子も無くそう言ってにっと口元に笑みを作る猛に、兇は溜息を吐いて見せた。

「お前は……」

「おっと、兇君まえ、前!」

眉間に皺を寄せ何か言おうとした兇に向かって、猛はにこりと笑顔で背後を指差す。
そんな猛に兇は嘆息しながら示された場所へと視線を向けた。
そこには――

憎悪に顔を歪めた悪霊の姿があった。

緩やかなウエーブのかかった茶色の髪を逆立て。
形の良い細い眉を釣り上げ。
大きな瞳をこれでもかというほど見開いて兇達を睨んでいた。
生前身に付けていたのであろう、白を貴重としたシフォン素材のフリルのワンピースが、その怒りの念で炎の様にちりちりと揺らめいていた。

ナンデ

ドウシテ

邪魔ヲスル?

ゆらゆらと陽炎のように揺らめきながら、女は憎悪の言葉を兇達に向かって放つ。

「おや?結構可愛い子だね〜。」

「猛!」

びりびりと突き刺さるような憎悪の念に猛は臆する様子もなくおどけてみせた。
そんな猛に非難の声を上げながら兇は目の前の悪霊に向き直ると

「貴女は何故こんな事をするのですか?」

兇はできるだけ相手を刺激しないように優しく聞いた。
その言葉に、怒りに顔を歪ませていた悪霊がほんの少しだけ目を瞠った。

『ナンデ……ナゼッテ、ソレハ……』

兇の質問に女は俯く。
そしてぽつりぽつりと呟いていた女は一旦言葉を切ると、ゆっくりと顔を上げ
そして――

『憎いから』

低い声でそう叫んだ。

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