カチコチカチコチ

――静寂――

その広い部屋で聞こえてくるのは壁に掛けられた時計の音だけ。
その音は妙に大きな音で時間が過ぎていくのを知らせていた。

北斗と和夫

広い和室にはその二人だけしかいなかった。
お互い俯いたまま先程から一言も話さず、暫くの間時間だけが過ぎていった。
先に口を開いたのは北斗の方だった。

「お父さん、本当に私・・・・昔神隠しに遭ったことってなかったの?」

「・・・・ああ」

北斗の言葉に父和夫は短く答える。
また沈黙が続いた。



あの後、神隠しから無事生還した北斗が鈴宮家に戻ると家にはまだ和夫が居た。
北斗は和夫を見るや話があると言い出し清音に頼んでこの部屋を使わせてもらったのだ。
そして先程思い出した記憶を和夫に尋ねてみた。
その記憶とは・・・・

――自分がまだ小さい頃、何者かに攫われたという記憶だった――



「でも私、あの時何か思い出したんだよ!何処かわからないけど・・・誰かに急に連れて行かれて・・・・知らない所にいた気がするんだけど?」

沈黙を破るかのように身を乗り出して聞いてきた北斗を和夫は静かに見上げた。

「ねぇお父さん私本当に・・・・」

「お前は何処にも連れて行かれなかったし、何も無かった。」

更に続けようとする北斗の言葉を和夫は遮る。
そして「お前の気のせいだ」と言うと席を立って部屋を出て行こうとする。

「お父さん!」

北斗の静止の声にも振り向かず、障子を閉める寸前「忘れろ」と一言だけ言うとぴしゃりと閉めて去って行ってしまったのだった。
後に残された北斗は悔しそうに唇を噛みしめる。
話をまともに聞こうともしてくれない父に怒りよりも悲しみが沸いてきた。
ぽたり、と北斗の瞳から涙が零れ落ちる。

「那々瀬さん、入っていいかな?」

その時、障子の向こうから兇の伺うような声が聞こえてきた。
北斗は反射的に涙を拭うと何事も無かったような明るい声で答えた。

「あ、うん・・・・どうぞ。」

北斗の返事のあと暫くしてゆっくりと障子が開かれた。
そこに現れたのは心配そうな顔をした兇。
兇にそんな顔をさせてしまった事を申し訳なく思いながら北斗は努めて元気に振舞った。

「どうしたの?」

「あ、うん・・・お父さんとの話は済んだのかなって。」

言い辛そうに聞いてくる兇に北斗はにこりと笑顔を作ると首を横に振って答えた。

「ぜ〜んぜん!相変わらず人の話聞いてくれなくって!」

そう言って頬を膨らませておどけて見せた。
そんな北斗の様子に兇は「そっか。」と短く答えると困ったように微笑んだ。

「その・・・大丈夫?」

兇は暫く考えた後北斗にそう聞いてきた。
北斗は兇の言葉に首を傾げる。

「家に帰る前、那々瀬さん神隠しに遭ったことがあるって言ってたらしいから。」

兇の言葉に北斗はあぁ、と思い出す。
そういえばあの時そんな事を口走っていたような気がする。
家に帰る途中、急に思い出した記憶のことで頭が一杯だった。
あの時側にいたのは猛で、きっとあの後猛から話しを聞いたのだろう。
帰るや否や父親と話がしたいと急に言ってきた自分に只事では無いと悟った兇が心配してくれたのだ。
そこまで考えて北斗はなんだか温かい気持ちになった。
急に気恥ずかしくなって俯いてしまった北斗を兇は心配そうに見下ろす。

「えっと・・・何か余計なこと聞いちゃったかな・・・ごめん。」

「ううん、そんな事ないよ、ありがとう。」

兇の申し訳なさそうな言葉に北斗は弾かれたように顔を上げると激しく首を振ってみせた。

「私の方こそ・・・・いつも心配かけちゃってごめんね。」

もじもじと眉根を寄せて申し訳なさそうに言う北斗に兇もまた「そんなことない!」と激しく首を振る。

「その・・・俺が勝手に心配してるだけだから・・・・那々瀬さんは何も悪くないよ。」

「鈴宮君・・・・」

兇の言葉に北斗の頬がみるみる赤くなる。
心配し合う二人はお互い頬を染めながら見詰め合う。

「その・・・何か心配事があったら相談して・・・・俺が守るから。」

「うん・・・・」

今度こそ二人は気恥ずかしくなりお互い視線を逸らしてそう言い合うのであった。





「北斗ちゃんの様子はどお?」

部屋へ戻るとそこには猛が待っていた。
腕を組み壁に凭れる様にして待っていた猛は兇が部屋へ入るなりそう訊ねてきた。

「父親との話は上手くいかなかったみたいだ。」

兇は首を横に振りながら答える。

「そっか、あのお父さんちょっと頑固そうだものねぇ〜。」

弟の返答に猛はやれやれと肩を竦めてみせると溜息を零しながらそう言ってきた。

「北斗ちゃんの言った事も気になるけど・・・・それよりも父親のあの態度・・・・」

そこまで言って猛はいったん言葉を切る。

「何か隠してるのかもね。」

そう続けて目を細めてみせた。
猛の言葉に兇も内心頷く。

『北斗が・・・・神隠し・・・・まさか、また?』

北斗を救出に向かう時、和夫が呟いていた言葉を思い出す。

――また、とはどういう事なのだろう・・・・本当に彼女は昔神隠しに遭っていたのだろうか?

北斗の父親が洩らした言葉の意味を推測していると猛が「ああそうだ。」と思い出したように呟いてきた。

「そういえば、あの道祖神見つかったらしいよ。」

「え?」

考えに没頭していた兇は猛の言葉に反応が遅れる。
そんな兇に苦笑すると猛は説明してきた。

「ほら、神隠しの遭った交差点の・・・・あそこで無くなっていた道祖神なんだけど、あの後林の中で見つかったそうだよ。なんでも近所の青年が誤って壊しちゃったみたいでさ、車で派手にぶつけちゃったもんだから頭にきて林の中に捨てたんだってさ。」

猛は説明しながら眉根を寄せると「まったく人騒がせな奴もいたもんだね〜。」と幾らか怒った様子で呟いていた。
兇も猛の説明を聞いて全くだと同感する。
最近そういう輩が増えてきて困っているのも事実だった。
近代化が進む中、昔からある古い仕来たりや風習などを軽視する者が後を絶たない。
昔からそこにあるモノには必ず意味があるのだ。
己の都合や我が儘でそれを壊したり無視したりすればどんな事になるのか・・・・いやどんな目に遭うのか。
幸い今回はその青年には被害は起きなかったが、代わりに罪の無い子供達が巻き込まれてしまったのだ。

「で、その道祖神を壊した相手はどうなんったんだ?」

兇は怒りも露に憮然とした表情で猛に聞いた。

「ああ、そいつは警察からきつ〜く厳重注意されてたからもう大丈夫だよ。」

兇の質問に猛は得意の悪魔の微笑で答える。

――こいつも一緒に注意したんだな・・・・。

兇は兄の晴れやかな笑顔を見てそう悟った。
そして注意を受けたであろう青年に心の中で”ご愁傷様”と手を合わせたのであった。

「そんな事よりも・・・・。」

胸中で手を合わせていた兇に猛の話題を変える言葉が聞こえてきた。
顔を上げると少し真剣な表情の兄と目が合う。

「北斗ちゃんの事気になるねぇ〜。」

考え込むような素振りを見せる兄に兇も「ああ。」と短く頷いてみせた。

「北斗ちゃんの事、少し調べてみるかな。」

猛の言葉に兇は表情を曇らせた。
調べるとはその名の通り全て調べるのだろう。
猛の・・・いや鈴宮家の力を使えば彼女に対する情報は調べ尽くされる。
過去現在、住んでる場所や通っている学校はもちろん趣味や交友関係、果ては彼女のスリーサイズまで。
知られたくない内容まで洗い浚い、だ・・・・。
特に猛が所属している機関・・・・いや研究所はそういった事に関しても長けていた。

「本当に調べるのか?」

「ん?ああ必要とあらばね。」

兇の問いに猛は肩を竦めて答える。
途端苦虫を噛み潰したような顔になった弟をみて猛は笑った。

「そう嫌がるなって。仕方ないだろう?」

「あそこはあまり好きじゃない・・・・。」

吐き捨てるように言う弟に猛は困ったように眉根を下げた。

「そう毛嫌いしないの、僕だって好きじゃないんだけどさ。」

「お役所仕事だから仕方ないでしょ?」とたしなめる兄に兇は口を尖らせる。

「ほどほどにしてくれよ・・・彼女のプライバシーもあるんだ。」

これだけは釘を刺しておこうと兇が猛に言うと、猛は「もちろん」と頷いてみせた。
それを見て少しだけ安心する兇。
しかしその後続けた猛の言葉に絶句した。



「大丈夫!もう彼女のスリーサイズは入手済みだから♪」



「はぁ!?」

仰天とはこの事だろう。
兇は驚いた顔をして猛を見上げると素っ頓狂な声をあげて固まった。
口をパクパクさせて自分を指差す弟に猛はくすりと笑うと

「僕、保健医だからね♪忘れてた?」

そう言ってウインクをしてきたのだった。

「お前!!」

途端、一変して怒りの形相になって掴みかかってきた弟をひょいと避けるとするりと廊下へと逃げる。

「とりあえずほどほどに彼女の事は調べておくよ。何かわかったら知らせるから、またね〜♪」

何か言おうとする兇を遮って猛は早口でそう言うと、手をひらひらと振りながら逃げ去ってしまった。
後に残された兇はというと・・・・

顔を真っ赤にさせて地団駄を踏むのであった。

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