「北斗!もう体は大丈夫なの?」
久しぶりに学校へ行くと門の所で驚いた表情の若菜に声をかけられた。
「うん、もう大丈夫心配かけてごめんね。」
そういえば自分は原因不明の病で休んでいた事になっていたんだっけ、と頭の片隅で思い出しながら心配そうに覗き込んでくる若菜に笑顔で答えた。
「本当に良かった!もう、ずっと心配してたんだからね!お見舞いに行っても全然北斗に会わせてくれようとしないんだから。」
鈴宮家で門前払いを喰らった事を根に持っているらしく若菜が憮然とした表情で北斗へ愚痴る。
「そうだったんだ・・・ごめんねせっかく来てくれたのに会えなくて。」
「北斗は良いのよ、でも良かった大丈夫そうで。」
謝る北斗に若菜が慌てて首を振ると、今度はしみじみと北斗を見ながらそう言ってきた。
本当に心配していたのであろう、心底安心した様子で目尻には涙まで浮かんでいる。
「もう〜心配性なんだから・・・・。」
そんな若菜の反応に北斗は照れ臭そうに言う。
「当たり前でしょう!1週間も寝込んでたうえに連絡もできなかったんだから。」
心配するのは当然とばかりに頬を膨らませて言い返してきた若菜に北斗は雲行きが怪しくなってきたと慌てた。
その時、ちょうどチャイムが鳴り響いてきた。
「あ、遅刻しちゃう!若菜急ごう!」
天の助けとばかりに北斗はそう言うと急いで校舎へと走り出す。
「北斗待って!」
走り出した北斗に若菜も慌てて後を追うのであった。
久しぶりの学校は何故か新鮮だった。
実際には数日休んだだけだなのだが、久しぶりに見る友達や先生達がいつもとは違うように見えてしまうから不思議だ。
しかも何日も休んでいた者が久しぶりに学校へ顔を出すと、皆こぞって様子を窺いに来る。
まるで動物園に新しい珍獣が来たような扱い振りだった。
「北斗久しぶり〜もう病気は平気なの?
「うん、もう大丈夫だよ。」
「お!那々瀬じゃんか!もう元気になったのか〜?」
「あ〜久しぶり〜もう平気だよ〜♪」
先程からずっとこんな調子である。
――やっぱり学校は良いな〜賑やかで。
一通り仲の良い友達と挨拶を交わした北斗は、いつもの賑やかなクラスの様子に嬉しくなった。
久しぶりの学校に不安が無かったといえば嘘になる。
さすがに一週間も誰とも顔を合わせていないと行き辛いものだ。
忘れられていたらどうしよう、心配もされていなかったらどうしよう・・・・。
そんな事は無いとわかっていてもそこは思春期、やはり色々思い悩む年頃なワケで・・・。
そんな不安も徒労に終わったことに北斗は内心安堵していた。
とりあえず不安材料は解消し、授業を知らせる予鈴を聞きながら北斗は今日一日がんばるぞ〜!と意気込むのであった。
忘れていた・・・・。
北斗は内心冷や汗だらだらで目下窮地に立たされていた。
「那々瀬さん・・・・何度言ったらわかるの?」
ぴしゃりとキツイ叱咤が北斗へと投げかけられる。
「ご、ごめんなさい・・・・」
北斗はびくりと肩を震わせながら小さくなっていた。
放課後、いつもならもう既に生徒は居なくなっている時間なのだが、クラスには大半の生徒達がまだ残っていた。
しかも教室内の机と椅子はご丁寧に教室の後ろ側へと詰められており、教壇側はには広いスペースが設けられている。
そのスペースでは生徒達が所狭しと動き回っていた。
ある者は床に座り込み大きな模造紙やダンボールに何か描いていたり。
ある者は沢山の布を広げて寸法を測ったりしていた。
そしてそのスペースの中で一番忙しなく動いていたのは教壇の前に立つ数名の生徒達だった。
その中には北斗も居た。
「ちょっと!北斗は病気で休んでいたんだから仕方ないじゃない。」
小さくなった北斗を庇うように若菜が前に出て抗議する。
先程北斗へキツイ一言を浴びせていた人物は若菜の気迫に押されて後退っていた。
「な、那々瀬さんが病気で休んでいた事は仕方ないけど、もう時間が無いのよ。わかるでしょ。」
相手も負けじと言い返す。
その言葉に若菜は一瞬口篭ってしまった。
それを好機と取ったのか相手は更に捲し立てた。
「あと一ヶ月ちょっとで本番なのよ。こんな位の台詞も言えないんじゃ先に進めないわ!他の出演者の練習もまだあるんだから。」
そう言って丸めた台本を大袈裟に振りながら言ってきたのは脚本担当の女性徒だった。
今、北斗は文化祭で披露する予定の劇の練習に参加していた。
しかし、あの事件のせいで一週間も神隠しに遭ってしまっていた北斗は劇の練習どころでは無かったのだ。
その為、練習はおろか台詞すら覚えていない状態で今に至るというわけだった。
「ご、ごめん・・・・明日までにはちゃんと覚えておくから。」
北斗はそう言うと女生徒へと頭を下げた。
「台詞だけじゃないわ、立ち回りもちゃんと覚えてもらわないと。」
脚本担当の女生徒はやれやれといった風に頭を抱えてそう言うと、他の出演者の方へと行ってしまった。
女生徒の後姿を見ながらしょんぼりする北斗。
「大丈夫、北斗?」
隣の若菜が心配そうに聞いてきた。
「うん、私・・・・帰るね。」
北斗は若菜へそう言うと逃げるように教室を出て行くのだった。
とぼとぼと一人歩く北斗。
夕焼け空が今日は何故か眩しく感じる。
視界もいつもよりもぼやけているようだ。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら帰り道を歩く北斗は色々な事を考えていた。
学校の事。
劇の事。
父の事。
そして・・・・
あの神隠しの後に思い出した記憶のこと。
しかしまだ断片的ではっきりと思い出せない。
しかも思い出そうとすると決まって頭痛が起こるのだ。
今も思い出そうとしていた北斗の頭はキリキリと痛みを訴えていた。
「はぁ・・・・。」
北斗は小さく溜息を零すと長い帰り道を歩くのだった。
次の日の放課後――
「どうしたものかしら・・・・。」
盛大に溜息を吐く女生徒と申し訳なさそうに肩を落とす女生徒。
片方は脚本担当の女生徒と、もう片方はヒロイン役の北斗であった。
今日も北斗は台詞を間違え怒られていた。
ヒロインといっても台詞は殆ど無くあっても簡単なものばかりだ。
でも何故か北斗は覚えられないでいた。
それというのも連日見る夢のせいなのだ。
あの事件の後から毎晩見る夢に北斗は困っていた。
夢を見た後はそのことが頭から離れず、しかも断片的な夢は思い出そうとすると頭痛を伴った。
その夢は過去の記憶ともいえるような夢で北斗は気になって仕方がない。
そのお陰で劇の台詞がまったく頭に入ってこないのだ。
その事に北斗は焦り劇の練習中何度も失敗を繰り返す始末。
とうとう業を煮やした脚本担当の女生徒が出した結論は――北斗の特訓だった。
「そんなんじゃヒロインは任せられないわ!特訓してどうしても駄目なら那々瀬さんには悪いけどヒロイン役は降りてもらうわよ。」
脚本担当の女生徒の言葉に周りにいた他の女生徒達が目の色を変えてこちらを振り返っていた。
――那々瀬さんが降ろされれば私達にもチャンスが!!
教室内は一瞬で色めきたつ。
といっても皆心の中でヒロインの座を虎視眈々と狙い始めただけなので実際には教室内の雰囲気は変わっていない。
しかし大半の女生徒たちのギラギラした視線を一身に受ける北斗は内心冷や汗を流しながら焦っていた。
――そ、そんなことになったら兇君と一緒にお芝居できない・・・・。
実は自分がヒロインに選ばれてから兇との共演を楽しみにしていたのだ。
選ばれたときはびっくりしたのだが、後から喜んでいる自分に気づいた。
なんだかんだで兇とは良い雰囲気になってはいるのだが、そこはそれ兇の圧倒的な人気もあるせいで堂々と仲良く振舞う事などできないのも事実。
その為、北斗はこっそりと今回の劇を楽しみにしていたのだった。
北斗はなんとしてでもヒロインの座を降りたくは無かった。
北斗はキッと脚本担当の女性を睨みつけるように見上げると「がんばります。」と意気込みの返事を返す。
そして、北斗の特訓が始まったのだった。
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