「ふ〜ん、怒らせちゃったのか〜、そりゃ御愁傷様」
言葉とは裏腹に楽しそうな声音で言ってきたのは、彼の友人でもある光一だった。
「・・・・お前実は楽しんでるだろう」
からかいの意を込められたその言葉に、兇は言いながらジト目で相手を見つめた。
今は昼休み、朝の話を詳しく聞かせろと無理やり連れて来られた場所――人の少ない場所をと探してきたここは、2階にある校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の入り口――で、野郎が二人昼ごはんをつつきながら話していた。
「あははは〜そんなわけないって」
手をひらひらさせながら否定するが、光一の額からは冷や汗が流れていた。
そんな光一に対し軽く溜息を吐くと、足元のコンクリートを見つめながら兇はポツリと呟いた。
「謝らなくちゃとは思っているんだ・・・・」
俯いたまま空になったパンの袋をくしゃりと握りつぶす。
「謝りゃいいじゃん」
そんな兇を横目で見ていた光一は、頬杖を突きながらさらりと言ってのけた。
「それができたら悩んでねぇよ・・・」
「なんで?簡単じゃん!こう、昨日はごめんって一言言うだけだぜ!?いつもの事じゃんか」
――――そう、いつもの事。
本来人と付き合うのが苦手な自分は、必要以上に相手と接しないようにしている――――だからといって対人恐怖症でも、あがり症でもない。
あくまで苦手なだけなのだ。
しかし苦手だからといって人と話すのに問題があるわけではなく、むしろその逆かもしれない。
常に感情を出さず相手に接している為、人からは「誰に対しても平等だ」とか「誰にでも優しい」と思われているらしい、何も感じないからこそ同じ笑顔、同じ態度ができるのだ、人と接しているときの自分は『好き』とか『嫌い』とかの概念がないから相手を褒める事も、謝る事もそう難しくは無い。
しかし、彼女だけは違った・・・・上手く言えないけど。
まあ、あと問題があるとしたら"アレ"だろう・・・・。
先程からちくちくと突き刺さるモノに内心うんざりしながら溜息をついた。
「お〜お〜、お早い事で・・・もう嗅ぎ付けて来たぞ〜♪」
そう言いながら視線を背後に向け、肩を竦めながら光一が言ってきた。
自分がこうなったのも半分はアレのお陰なのだ・・・・。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら光一とおなじ所へ視線を向けると――――渡り廊下の向こう側からこちらを伺っている数名の女の子達の姿が見て取れた。
その瞳は、うっとりとそりゃもう、うっっっとりと、ハートの形にならんばかりの女性陣の熱い視線が兇にだけ、注がれているのだ。
兇が人付き合いが苦手な・・・苦手となった原因――――モテ過ぎることであった。
目立つ容姿のせいもあってか子供の頃から四六時中誰かの視線を感じていた。
しかも成長するにつれ、ただの興味本位だったものから異性へ向ける恋愛感情のそれに変わっていくと、鬱陶しいを通り越して時には鬼気迫る悪寒さえ感じるようになっていった。
その結果がこれだ・・・・まあ、対人恐怖症などにならなかったのは不幸中の幸いと言えなくは無いが。
「にしても・・・相変わらずスゲー人気だなぁ〜」
いいな〜俺もモテてみてぇなぁ〜、とあくまで人事として言ってのける光一をギロリと睨んでやったが、一枚上手な彼は全く動じない。
この視線、できることなら半分こいつにくれてやりてぇ〜〜〜
などと思いつつ隣の男をちらりと見ながら、背中に突き刺さる視線に深い溜息を吐いた。
「な〜、お前さ〜、あの女の子たちに告白されたり話しかけられたりした事あんだろ?」
「え?あ、ああ」
突然話を振ってきた光一の質問に内心警戒しながらも素直に答えた。
「あの子達と話してるときってどんな感じだった?」
「へ?」
からかわれると思っていた兇は一瞬呆気に取られ素っ頓狂な声をあげる。
「なあ、どうだったんだ?」
そんな兇など気にする風もなく光一はさらに聞いてくる。
「え、別になんとも――」
「だよなぁ〜」
兇の答えを全て聞き終わる前に、光一はうんうんと納得した様に頷くと腕を組んだまま考え込んでしまった。
「おい・・・なんなんだよ」
一人で考え込んでしまった光一に、兇は訳が分からないと眉間にシワを寄せながら光一に聞き返した。
すると光一は――――
「いやな、お前いつも人と話す時って当たり障り無い様に話してるじゃん、ま、そんな所がクールに見えて女達にはたまんないらしいんだけどな〜!冷静沈着、容姿端麗、誰にでも優しいとくりゃ、そりゃ女がほっとかないわけだ!」
うんうんと頷きながら言う光一に、話の矛先が変な方向に向かっている・・・と焦った兇は慌てて修正を試みる。
「だからなんなんだよ」
「ん、ああ悪い悪い でだな・・・まあ、春が来たってわけだよ」
そう言ってにかっと笑ったかと思うと光一はバシッと兇の肩を叩いた。
「は?意味わかんねぇって、教えろよ」
確かに今は春だが・・・・。
いきなり言われた言葉はそんな当たり前な一言・・・・混乱するなという方が難しい。
「ま、わかんなきゃいいって事よ」
「何だよそれ・・・」
訳の分からない兇は、さらに訳の分からない光一の言葉に膨れっ面をする。
それを見た光一は、くくくと肩を震わせて笑い出した。
「あそうだ、頼みがあるんだけどさ〜」
今度付き合ってくんない?と、ひとしきり笑った光一は思いついたとばかりに、満面の笑顔で兇に話を持ちかけてきた。
「なんだよ・・・」
話を持ちかけられた兇はというと、その笑顔をジト目で見据えながら嫌そうな声音を隠しもせずに友人の言葉を促していた。
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