朝のささやかなハプニングから時は経ち――今は下校時刻を過ぎた頃。
兇は足早に正門を抜け、目当ての人物に声をかけていた。
「今帰り?」
天使の微笑と共に彼女の肩に手を置く。
声をかけられた人物は振り向くや否や、大きな目を更に大きく見開いて「え、鈴宮君?」と首を傾げていた。
「珍しいねこんな時間に帰るなんて」
「うん。ちょっと用があってね。帰るのが遅くなったんだ」
彼女――那々瀬 北斗――の言葉に、兇は苦笑しながら曖昧に答える。
北斗の驚くのは無理もない。
この時間、校内にいるのは部活で遅くなった生徒だけである。
しかし、兇は部活に入ってはいなかった。
北斗はもちろん部活に入っており、強いて言えば放送部に所属している。
しかも、今日は週番で下校放送をした帰りでもあった為、辺りはすっかり暗くなっていた。
学校内で一番帰りが遅いはずなのに、何故ここに兇が居合わせているのかと、北斗は最初不思議そうな顔をしていたが、兇の「用があった」という言葉を素直に信じ、にこりと笑うとこの前のようにまた他愛無い話をしはじめ歩き出した。
そんな北斗を見て兇は内心胸を撫で下ろしほっとする。
実は昨日から兇はある計画を考えていたのだ。
その計画を実行するべく、この危険な学校内に身を潜め北斗が帰るのをじっと待っていたのだった。
学校内でなぜ危険が?とお思いだろうが、この男――鈴宮 兇――に限っては学校ほど恐ろしいものは無かった。
否、学校の女子達と言った方が正しいだろう。
光加減で白銀ともとれる薄い色素の髪と、金にも琥珀にも見える瞳を持つ変わった容姿の彼は、周囲の興味を引くには十分であり、しかも美形ときている。
微笑んだときに頬に影を落とす長いまつげに、すっと通った鼻筋、薄紅色の薄い唇、顎のラインはシャープな輪郭を描き、それに続く首筋は繊細で艶かしい色気を放っているほどだ。
容姿端麗、眉目秀麗、冷静沈着、天使の微笑など、あらゆる賛美の代名詞で形容される彼はどこにいても目立つ。
その彼が放課後、校内でうろうろしていようものなら学校中の女の子達がこぞって押し寄せてくる事だろう。
いつもはそうならない為に放課後は大急ぎで帰っていた。
しかし今回彼は計画のために帰るフリをして裏門から学校内に戻り、誰にも見つからないように視聴覚室に身を潜めていたのだった。
もちろん、北斗が放送部の週番というのを知った上での行動だ。
さらに付け加えれば、視聴覚室の窓から北斗が正門を出て歩いて帰って行く姿を見つけ、慌てて走って来たというのがつい先ほどのことである。
全力で走って来たにも関わらず、呼吸が乱れるどころか汗一つ掻くこともなく爽やかな笑顔で北斗の隣を歩いている兇の姿は、ここまでの経緯を知る者が見れば、恐怖に顔が引きつっていたことであろう。
あるいはその逆か・・・・
しかし、幸か不幸かそれを知る者がいた。
遠く離れた校舎の窓に、仲良く帰っていく二人の姿をじっと見つめる人影があった。
≪back NOVEL TOP next≫