「はぁ、やっぱ無理だぁ〜。」

公園のベンチに座りながら北斗は途方に暮れていた。 辺りはだんだん薄暗くなり、空には星が瞬き始めていた。

とりあえず今夜は鈴宮家に泊まって明日出て行こうと思っていた。

思っていたのだが、あの話の後だと小さな物音一つでも過剰に反応してしまい、幽霊が側に潜んでいるんじゃないかと気が気でならなかった。

だんだん不安になってしまった北斗は、とうとう家を飛び出してしまったのだ。

「これからどうしよう。」

自分の横においてある大きな旅行バックを見ながら溜息を吐いた。

兇の家にお世話になる時持ってきた旅行バック。

火事で殆どの物が焼けてしまったため中身は最低限のものしか入っていなかった。

最初、若菜の家に泊めてもらおうと思っていたのだが、相手が悪霊とわかった今危険すぎると判断してやめた。

そうするとどこか宿泊できる所を探すしかないのだが。

どこかに泊まるとしても先立つものが無い・・・つまり一文無しだ。

よくよく考えてみれば解る事なのだが、最近の北斗はバイトそっちのけで宿探しに労力を注いでいたため、小遣いらしい小遣いを持っていなかった。

「今日はここで野宿かなぁ〜・・・」

財布の中身を見ながら「今日の夕飯の分も危ういなぁ」と溜息を零し、ベンチの上で膝を抱えながら周りを見回した。

「!!」

しかし次の瞬間、北斗は目のやり場に困った。

―――何コレ?カップルばっかりじゃん!!

自分の事でいっぱいいっぱいだったせいで気がつかなかったが周りはカップルだらけだった。

小さな公園ながら湖や木々が十分にあるこの場所は、死角がたくさんあるせいかカップルの憩いの場になっているらしい。

北斗の座るベンチから程遠くない木陰に人影がいくつも見え、時折愛を囁くような声がかすかに聞こえてきた。

人影や声の意味を理解してしまった北斗は動くに動けずベンチに縫い付けられたように顔を真っ赤にしながら俯いていた。

しばらくもじもじしていると、ぬっと人影が北斗の足元に落ちた。

顔を上げてみると知らない男の人が立っていた。

男は中年のサラリーマンのような格好をしており、両手に鞄を抱え腰を屈めてこちらを覗き込んでいた。

「な、なんですか?」

突然の男の出現に驚いた北斗は身を引きながら慌てた。

「ん〜〜〜〜、君こんな所でどうしたの〜?あ、さては家出かな?家出でしょ?ん〜いけないなぁ〜。こんな夜に君みたいな女の子がこんな所うろうろしてちゃぁ。」

男はさらに顔を近づけながら捲くし立てるように言った。

「え、あ、あの違います。」

「あ〜あ〜、いいのいいの隠さなくて。僕ねぇ〜君みたいな子みてると放っとけないんだよねぇ〜。困ってるなら今晩面倒見てあげるよぉ〜。あ、お小遣いもあげちゃおうかなぁ〜♪どお?」

「は?」

何を言っているのか意味が解らず呆気に取られていると、腕をいきなり掴まれた。

「ちょ、ちょっと!」

「ん〜〜何処に行こうかぁ?」

北斗の声など聞こえないのか、男は北斗を強引に引っ張っていこうとする。

身の危険を感じた北斗は男の腕を思い切り振り払うと、荷物を掴んでその場から走って逃げた。

逃げる途中、男の声が聞こえてきたが振り返りもせずに無我夢中で逃げる。

走って走って息も続かなくなった頃、よろけながら壁に手をつきはぁはぁと肩で息をしながらようやく立ち止まった。

呼吸が落ち着いてきた頃、そろそろと頭を上げて辺りを見回した北斗は唖然とした。

なんとそこは、ちかちかと点滅する街頭がある薄汚れた路地裏だったのだ。

「ここは?」

駅の方に向かって走っていたはずが、いつの間にか知らない場所にたどり着いていたことに北斗は驚愕しながら呟いた。

呆然と辺りを見回していると、突然足元に何かが絡み付いてきた。

足元を見ると黒く細い紐の様な物が何本も足に絡み付いており、それは行き止まりだと思っていた路地の突き当たりの壁から伸びていた。

そしてその壁には、真っ暗な闇がぽっかりと口を開けたように広がっていた。



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