「なに、これ?」

北斗は足元の黒い物体を凝視した。

よく見るとそれは触手のようで意思を持ったように蠢いたかと思うと、もの凄い力で北斗を引きずり始めた。

「い、いや・・・いやぁー!誰か助けて!!」

ずるずると倒れたまま引きずられていく北斗の目の前に暗闇が迫ってくると、北斗は恐怖に涙を流しながら叫び声を上げた。

その時――― 一筋の閃光が走ったかと思うと、その次に身も凍えそうな断末魔が辺りに響いた。

「那々瀬さん!」

呆然とする北斗の耳に聴きなれた声が聞こえてきた。

声のする方に顔を向けると血相を変えた兇が走って来るのが見えた。

兇は北斗の側に駆け寄ると北斗を抱き起こし、北斗の足首にできた痣を見るなり眉間に皺を寄せた。

「す・・・ず宮くん?」

北斗は信じられないといった表情をしながら兇を見上げた。

「ごめん、来るのが遅れた。」

兇は北斗を見るや頭を下げて謝罪してきた。

「そんな、謝らなきゃならないのは私の方だよ・・・。」

慌てた北斗は必死に頭を振る。

勝手に出てきてしまった自分を心配してくれる兇に、申し訳ない気持ちでいっぱいになり北斗は俯いてしまった。

「無事でよかった。」

兇は心底安堵したような声で言うと、北斗を抱きしめた。

「怒ってないの?」

「うん、俺の方こそ黙っててごめん。」

兇の優しい声に安心した北斗は、無意識に兇の背中を抱き返していた。

しばらく二人が抱き合っていると、横から咳払いが聞こえてきた。

「え〜兇君、仲直りして愛を確かめ合ってる所悪いんだけど、そろそろ手伝ってくれないかなぁ。」

声のした方を見上げると、やや引き攣りながら笑顔を向ける猛がいた。

あばばばばばっ

もの凄い速さで二人は離れ、真っ赤な顔をしながらお互い明後日の方を向く。

「来るよ兇!」

猛の声に我に返った兇は振り向き様に飛んできた”何か”を手で薙ぎ払った。

落ちたモノは先ほどの黒い触手だった。

それは地面に落ちるなりすうっと消えていった。

驚いて触手が飛んできた方を見ると、さっきよりも数を増やした黒い触手達が北斗に掴みかからんと何度も襲い掛かってきており、それを猛が手に持った棒で振り払っていた。

再び先ほどの恐怖が襲ってきた北斗は、縋る様に兇の背中に隠れた。

「大丈夫、那々瀬さんは俺達が守るから。」

にっこりと北斗に笑顔を向けたると、兇は目の前の敵を見据えた。

先ほどの天使の笑顔の持ち主とはまるで別人のように敵を睨みつける兇の眼光は鋭かった。

「俺達?」

北斗が訝しげに視線を上げると、猛の他に菊や岩も黒い触手と闘っていた。

「お前達は何を望む?」

すっと兇が触手達の前に出たかと思うと、触手たちに話しかけた。

それまで激しく動いていた触手たちは動きをピタリと止めると、じっと兇を伺うように触手の先を兇に向けた。

――我らは光が欲しい

――我らは光を失った

――あの娘は光を持っている

――光を寄越せ 寄越せ 寄越せ

触手の先が黒い人型を取ったかと思うと我先にと口々に語りだした。

頭の中に響いてきた声がいっそう大きく響いたかと思った瞬間、一本の触手が北斗に襲い掛かった。

「させるか!」

兇の叫ぶ声が聞こえたと同時に彼の右手が光りだした。

光は大きく強くなっていき兇の姿も光に包まれ見えなくなった。

光は更に膨らんでいき、北斗達も包み込む。

眩い光に辺りが包み込まれると、優しい鈴の音が聞こえてきた。

ちり〜ん ちり〜ん

優しく温かく包み込むようなその澄んだ音色に、北斗は思わず聞き惚れてしまった。

――何だろう、すごく暖かい。

ふわふわとした浮遊感に包み込まれながら、北斗がぼんやりと思っていると。

――光を寄越せ!

硬質な拒絶する声と共に光が霧散した。

光が消えると鈴の音も聞こえなくなり、辺りは一瞬静寂に包まれた。

恐る恐る目の前の壁を見ると、黒い穴も黒い触手も跡形もなく消えていた。

「夢?」

「手強いねぇ〜。」

北斗が呟くのと同時に猛が肩を竦めながら苦笑し、北斗の言葉を掻き消す。

「兇君どうする?相手は数も多いうえに闇をどんどん吸収しちゃってるよ。」

猛の言葉に兇は眉間に皺を寄せる。

「仕方ないな。」

兇はぽつりと零すとそのまま口を閉ざした。



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