「そう言えば」
そんな北斗に気づかない若菜は思い出したとばかりに声を上げた。
「どうしたの?」
暗い思考を振り払うように若菜のほうに顔を向ける。
「うん、今度保健室に新しい先生が来るんですって。」
「え?そうなの?」
「ええ、なんでも前いた先生が急に体調を壊したらしくって辞めちゃったのよね。それで急遽代わりの先生が来るみたいよ。」
首を傾げながら言う若菜に北斗は「ふうん」とだけ返事を返した。
「で、いつ来るの?」
「今日みたいよ。」
「そうなの?」
「ええ、それで顔合わせも兼ねて新しい先生に引き継ぎとかしなくちゃだから、放課後は保健委員会があるらしいの。他の生徒達には明日の朝の朝礼で改めて紹介するらしいわ。」
「そうなんだ。」
「ええ、だから一緒に帰れないけど・・・」
「ああ、大丈夫。もう子供じゃないんだから。」
心配そうに顔を覗いてくる若菜に北斗は困った風に肩を竦めて見せた。
「そうよね、あら丁度いいわ。」
そう言って若菜は北斗から離れると、丁度教室に入ってきた兇の元へと行ってしまった。
なんだろう、とぼんやりと眺めていると話し終わった若菜が帰ってきた。
「鈴宮君に頼んでおいたから。」
「へ?」
にこにこ笑う若菜の言葉に北斗は素っ頓狂な声を上げる。
「うふふ、たまには二人っきりで帰りなさいよね。」
世話好きな親友は、これ幸いとばかりにあろうことか兇に「北斗と一緒に帰ってあげて」と頼んできたらしい。
嬉しそうにウインクする若菜に北斗は「あははは〜」と青褪めながら頷くのであった。
「じゃあ、那々瀬さん行こうか?」
「う、うん・・・」
にこにこ笑顔で聞いてくる兇に北斗は俯きながら返事をする。
――皆の視線が痛い。
放課後、帰り支度を済ませた兇は朝若菜に言われた通り、北斗の元へとやって来た。
そのお陰でクラスの視線が一斉に二人へと集中する。
にやにやにやにや好奇の視線の中、北斗は兇を連れて逃げるように教室を後にした。
「あれから大丈夫?」
帰り道、兇が突然話を振ってきた。
下ばかり見て歩いていた北斗は何を言われたのかわからず兇の顔を見上げた。
「その・・・高円寺さん達のこと。」
「ああ、大丈夫みたい。あれから何も言ってこないし。」
北斗は心配させないように勤めて明るく答えた。
「そっか、良かった。」
兇は安心したのか安堵の溜息を吐いた。
それから言葉が続かなくなる。
暫し気まずい雰囲気が二人の間に落ちる。
――な、何か話さなきゃ。
緊張する心を落ち着けようと北斗は兇に気づかれないようにスーハーと息をはいた。
「ごめんね。」
こっそり深呼吸する北斗の耳に兇の申し訳ないといった声が聞こえてきた。
「え?」
その言葉に北斗はキョトンとする。
見上げると兇と視線があった。
その兇の瞳には切ないような苦しいようなでも優しく見守るような色んな感情が込められているようで、北斗は恥ずかしさも忘れその瞳に吸い込まれる様に見つめ返した。
ふいに兇の大きな掌が北斗の手を包み込んだ。
北斗はドキリとして思わず足を止めてしまう。
同じく兇も立ち止まり、北斗の顔を真剣な顔で見つめると
「俺が守るから。」
と、優しく優しく囁いた。
じわり、と涙が溢れそうになった。
己に向けられるその瞳がどこまでも優しく愛しむ様で・・・・。
幸せだと感じてしまった。
目の前の彼に飛び込んでしまいたいと思ってしまった。
その広い胸に飛び込み思い切り甘えたい。
優しく頭を撫でてもらいたい。
そんな淡い想いが溢れてしまいそうになった。
その想いを振り払うように北斗は俯く。
急に恥ずかしくなり頬が熱を持ち始める。
「ありがとう」
兇に気づいて欲しくなくて、早口で言った。
「うん、ずっと守るから。だから・・・・」
兇はそこまで言うと急に押し黙った。
北斗は気にはなったが恥ずかしさで顔を上げられず、代わりに何かに耐えるような気配が伝わってきた。
そう感じた直後、繋いでいた手を更に強く握り締められた。
心なしか兇の手が先程よりも熱く感じられた。
暫くそうしていた二人だったが、どちらからともなく歩みを再会し、薄暗くなる夕焼けの空を手を繋いだまま帰路へと着いた。
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