その次の日
兇と北斗は固まっていた。
目の前で起こった出来事に、あんぐりと口を開け、ただただ驚くしか他無かった。
「え〜本日付で赴任してきました・・・」
朝の体育館で恒例の朝礼が行われていたのだが・・・・。
先程からにこやかに自己紹介をする人物に、夢でも見ているのではないかと北斗は何度も目を擦った。
――な、なんで?
見間違いかと思い、もう一度前を見てみたが、そこに居る人物は何度見ても同じだった。
北斗は開いた口をそのままに、壇上の上にいる人物を呆けた顔で見つめていた。
「どういうつもりだ?」
備え付けのテーブルをだんっと勢い良く叩きながら兇が詰め寄った。
兇達は、一時間目の休み時間を利用して校舎の一階に設けられた保健室に来ていた。
いつになく怒った剣幕の兇に詰め寄られた人物は、慣れた様子で答え始めた。
「だから〜さっきも言ったでしょ〜赴任してきたって。」
淹れたてのコーヒーを啜りながら赴任してきたばかりの保健医は、目の前の兇の剣幕に驚く事無くのんびりとさも当然とばかりに答えた。
先程から同じような問答が何度も繰り返されていた。
「だから、なんでお前がいるんだよ、猛!」
「ん〜、校長に頼まれたから。」
猛と呼ばれた青年は、にこやかに答えるとまたコーヒーを啜りだす。
そう、朝の朝礼で壇上に立ち『新しく赴任してきた保健医で〜す』となんとも気の抜ける自己紹介をしていたのは、兇の兄である猛だった。
度肝を抜かれたのはもちろん弟である兇で・・・・
一言も、というか何も知らされていなかった兇は、どういう事かと休み時間の予鈴が鳴り止むのも待たずに大急ぎでここまでやって来たのだった。
「〜〜〜〜」
真面目に答えようとしない猛に兇は顔を歪ませる。
――あ、本気で怒ってきた。
そんな兇の表情に猛は内心冷や汗を流し始めた。
――こんな所で兄弟喧嘩は避けたいなぁ〜。
と心の中で呟き、やれやれと肩を竦めると
「僕一応、医師免許持ってるんだけど?」
と言いながら鞄から小さなカードを取り出し兇の目の前でひらひらさせて見せた。
問題ないでしょ?と屈託無く笑う猛にそれ以上問い詰める事もできなくなった兇は、盛大な溜息を吐くとキッと猛を睨みつけた。
「変なことするなよ!」
特に俺たちが兄弟なのは内緒だ!と、人差し指を突きつけてきつく言うと兇はさっさと保健室を出て行ってしまった。
「あ〜あ、怒っちゃったぁ〜。」
猛は言葉とは裏腹に全然気にする風でもなく、暢気に飲みかけのコーヒーを啜っていた。
「北斗ちゃんも大変だね?」
と、突然話を振られた北斗は返答に困りぎこちなく笑った。
「あんなんじゃ女の子にモテないよね〜?」
とにこやかに笑う猛に北斗は曖昧に返事を返す。
ふと、北斗は一抹の不安を覚えて恐る恐る猛に聞いてみた。
「あ、あの・・・もしかしてまた?」
まさかまたあの時の悪霊がまだ残っていたのだろうか?
北斗の頭に不安が過ぎる。
「あ〜全然全然、あの子はちゃんと成仏したから安心して。ほんとにただの仕事なんだよ。」
猛は北斗の言わんとしている事を素早く理解すると大丈夫だと笑顔で答えた。
「ま、でもどこで何が居るかわからないから用心はしてね。」
意味深な言葉に北斗が首を傾げていると、「授業始まっちゃうよ?」と猛に言われ慌てて保健室を後にした。
「本当に狙われやすいからねぇ〜。」
北斗が去った保健室で一人残された猛は、ぽつりと呟いていた。
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