パリーン



「キャー」

「いやー何あれー?」

兇達が駆けつけた廊下では、何事かと出てきた生徒の野次馬でいっぱいだった。

その人混みを掻き分け騒ぎの中心へと足を踏み入れる。

そこには、女生徒がひとり、人の輪の中心にぽつんと佇んでいた。

しかもその人は北斗たちの記憶にも新しいあの――高円寺 魅由樹だった。

しかし、記憶の中の高円寺 魅由樹と、ここにいる彼女はまるで別人かと思うほど印象が違っていた。

意志の強そうな瞳は、今は光を失い焦点が定まらず虚ろな視線を彷徨わせている。

大輪の花を思わせる美しい顔は、人形のように表情が無くなり青白い顔は生気さえ感じられない。

しかも魅由樹の側にあった窓という窓は割れ、足元には割れたガラスが散らばっていた。

「何の騒ぎだ?お前がやったのか?」

そこへ生徒が呼んできたのであろう、屈強そうな体育教師が駆けつけてきた。

「おい、何とか言ったら・・・・」

声をかけたが振り返りもしない魅由樹に、痺れを切らした教師が魅由樹の肩を掴んだ途端、何かに弾かれたように数メートル後ろへ飛んでいった。



ドサリ



体格の良い大の大人が軽々と吹き飛ばされる異様な光景に、辺りはしんと静まり返った。

体育教師は気絶してしまったのかピクリとも動かない。

そこに、きろりと表情の無い魅由樹の視線だけが向いたかと思うと――



にたり



虚ろな目のまま魅由樹が笑った。

「コ・・・コ・・・・コ・ろ・ス」

きろりと次に視線を向けながら笑った口元のまま魅由樹から出た言葉に、そこに集まっていた生徒達は一瞬で凍りついた。

魅由樹が視線を向けた先には――北斗がいた。

皆一斉に北斗の方に視線を向ける。

「え・・・あ、あの・・・」

驚いたのは北斗の方で、魅由樹と生徒達の視線に顔を強張らせていた。



ざわり



北斗が後ずさった瞬間、空気が急に重くなった。

「ナ・・ナセ・・・ホ・ク・・・ト」

人形のような顔をした魅由樹が一歩、また一歩と北斗に向かって歩き始めた。

その動きはまるで操られた人形のようにガクンガクンと奇怪な歩き方をしている。

北斗はその異様な光景に足が竦みうまく動けなくなる。

否、足が動かなくなっていた。

「な・・・」

動こうにも床に足が張り付いたかのようにその場から動けなくなっていた。

手で引っ張っても押しても北斗の足はびくともしない。

慌てる北斗の前に近づいてくる魅由樹から庇うように兇が目の前に立った。

「高円寺さん」

「き・・キ、キ・・・キョウ、サマ」

「やめるんだ」

兇を見るなり恍惚とした表情をしていた魅由樹は、兇の言葉を聞くと一瞬でその表情を変えた。

虚ろだった瞳は、闇のように真っ黒になり瞳だった所にはほの暗い赤い光が爛々と光って見える。

無表情だった顔は今や般若のような恐ろしい形相に変わり、兇の後ろの北斗を睨みつけていた。

「オ、オ・・・マエ・・・ガ、ガ・・・イル・・・セ・・・イデ・・・」



コロス



地を這うような叫び声と共に魅由樹が天井高く飛んだ。

下降する勢いに身を任せ、異様に伸びた鋭い爪を北斗めがけて振り下ろす。



ザシュッ



布を、肉を、切り裂く音が辺りに響いた。

鮮血が飛び散り引き裂かれた布が舞う。

その途端、その場にいた女生徒達の悲鳴が響き渡った。

「イヤー」

「キャー」

目の前で起きた惨事に生徒達は恐怖し、逃げ出す者、その場に座り込み悲鳴を上げる者、で溢れ返り辺りは騒然となった。

そんな中、ふらりと人影が動いた。

苦しそうに肩で息をしながら北斗を庇うように立つ兇の姿があった。

魅由樹の攻撃から見事北斗を庇った兇のその背中には、右肩から腰の辺りまで走る爪痕があった。

しかもその傷痕からは、おびただしい血がドクドクと流れている。

その生々しい光景に、北斗は口元を押さえて悲鳴のような声を上げた。

「鈴宮君、ダメ!お願い、もういいから、お願い!」

北斗は兇の腕を掴んで縋るように懇願する。

「那々瀬さんは下がってて。」

そんな北斗を庇うように背後に隠しながらまた一歩前に出た。

「だ、ダメだよ!狙われてるのは私なんだから、お願い私が行けば・・・」

「俺が守るって言っただろ!」

北斗の言葉に兇は声を荒げた。

すると北斗は兇の剣幕に驚き押し黙る。

それを了承と取った兇は、ポケットからあの数珠を取り出し魅由樹の前にかざした。

その途端、魅由樹はくぐもった声を上げ、苦しそうに顔を歪めると素早い身のこなしで近くにあった窓を破り外へと逃げていってしまった。

まるで風のように逃げていった魅由樹の後姿を睨むように見つめていた兇は、次の瞬間ガクッとその場に膝をつく。

緊張の糸が解けたのか、はあはあと荒い息を吐きながら痛みに顔を歪めていた。

北斗が兇の元へ駆け寄ろうとした時、それよりも早く大きな手が兇の体を支えた。

驚いて見上げると猛が兇の腕を取り肩に担いでいるところだった。

「まったく、君って子は無茶をするねぇ。」

そう言いながら猛は苦笑すると「ね?」と北斗に同意を求めてくる。

北斗がぽかんと見上げていると「手伝ってくれる?」と猛に言われ、慌てて空いている反対側の体を支えると猛と共に保健室まで兇を運んでいった。

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