「何とか誤魔化せたよ。」
職員室から戻ってきた猛が開口一番、にこやかに言った言葉の意味を計り兼ね北斗は首を傾げた。
北斗達がいるのは猛が現在勤務している保健室の中。
深手を負った兇をここまで運んできた猛は兇の治療を手早く済ませると、北斗に留守番を頼み職員室へと向かった。
もちろん先程の騒ぎの事後処理をしに行ったのだ。
そうとは知らない北斗は不思議そうな顔で猛を見ていた。
「ん、ああ、あんな事があったからね。僕現場に居たでしょう?さっき説明しろって他の先生達に呼び出されちゃったんだ。」
北斗は猛の話を聞いてやっと合点がいったと頷いた。
「それで、どうだったんですか?」
「うん、校長先生と話して”変質者が出た”って事にしてもらっちゃった♪」
北斗の質問に猛は何でもない事のように答える。
「え、ええ!?変質者?」
猛の言葉に北斗は素っ頓狂な声を上げた。
驚くのは無理も無い、あれはどう見たって正真正銘”高円寺 魅由樹”だったのだ。
どこをどうやったら”変質者”だなんて話になるのだ、と訝しげに自分を見つめる北斗に気づいた猛は、ぷっと噴き出しながら
「ああ、ここの校長には顔が利くからね、まあ警察も来るだろうけどそんなの圧力かければどうとでもなるし。」
と、とんでもない科白を吐いた。
「は?校長?警察?圧力?」
北斗の頭の中は軽いパニックを引き起こしていた。
鈴宮君の家って何なんだろう・・・。
霊を除霊する力があるのにも驚きなのに、校長やら警察に顔が利くなんていったどんな家系なんだと詮索せずにはいられなかった。
もしかして私、とんでもない所に厄介になってるのかも・・・・。
あながち外れてはいない疑問に冷や汗を流す北斗であった。
北斗が一人胸中であれこれと悩んでいると、すぐ側にあったベットから「うぅ」という呻き声が聞こえてきた。
北斗は我に返ると慌ててベットに近づき閉めてあったカーテンを開ける。
そこには上半身包帯でぐるぐる巻きにされた兇が横たわっていた。
「す、鈴宮君?」
「那々瀬さん・・・」
意識の戻った兇はぼんやりと目を開け視界に入ってきた北斗の顔を暫く見ていたが、はっと我に返りがばっと起き上がってきた。
「あいつは?高円寺さんは?」
北斗の肩を両手で掴み青褪めながら聞いてくる。
鬼気迫る問いかけに北斗は驚き目を瞠って固まった。
そんな北斗に助け舟を出してくれたのはもちろん猛で、北斗の肩を鷲掴む兇の手をやんわりと外すと思い切り
後頭部に肘を入れた。
ゴスッともの凄い音を響かせながら兇の首が頭一つ分沈み込む。
いきなりな展開に北斗は口をあんぐり開けてその光景を見ていた。
「女の子に乱暴しちゃ〜ダメでしょ〜♪」
しかも猛のその顔はどこまでも笑顔のままである。
「し・か・も、あんな公衆の面前で〜力使おうとしちゃ〜だ・め・で・しょ・お〜〜♪」
「ぐ・・・」
しかもこれみよがしに兇の頭を肘でグリグリしている。
痛そうだ。
言葉も、頭も、痛いところを突かれたのか兇は珍しくされるがままになっていた。
さんざん頭をグリグリした猛は気が済んだのか「ふん」と鼻を鳴らすと備え付けのパイプ椅子に腰を下ろした。
「まったく、こういうのはデリケートな問題なんだから、いつもこっそり人目につかないようにスマートにやれって言ってるのに・・・。」
なんで分かんないかな〜、と頭をぽりぽりと掻きながら猛は嘆息する。
そんな猛に兇は舌打ちしながら「わかってるよ」とそっぽを向いた。
「す、鈴宮君大丈夫」
小さな兄弟喧嘩の終わった頃合を見計らって北斗は心配そうに声をかけてきた。
こんなやり取りも慣れたものだ。
そんな北斗に兇は表情一変、穏やかな笑顔を向けると
「那々瀬さんの方こそ怪我は無かった?」
そっと北斗の頬に手を添え優しく聞いてきた。
北斗を心配する兇に「うん大丈夫、鈴宮君が守ってくれたから」と北斗は頭を振りながら答える。
そして、安堵の息を吐いている兇の手を取ると北斗は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、私のせいで。」
「そんな・・・。」
「そうそう、北斗ちゃんのせいだね〜。」
「猛!」
そんな事ないと言おうとした兇の言葉を遮り、猛が珍しく非情な言葉を吐いてきた。
「すみません」
「だからね・・・北斗ちゃんにも手伝って欲しいんだ。」
猛の言葉に本当に申し訳ないといった様子で項垂れる北斗に猛は優しく声をかける。
「手伝う?」
「うん、今回の事件は残念だけど君も一枚噛んでるからね、だから責任とって僕をサポートしてくれる?」
いいでしょ?と屈託無く笑う猛に北斗は「私でできるなら」と二つ返事で頷いた。
「おい!」
それを聞いて黙っている兇では無かった。
勝手に話を進める猛に掴みかからんばかりの勢いで兇が異議を唱える。
しかし猛はすっと、いつもの表情から真面目なそれへと変えると
「これは国家公務だよ」
といつにない真面目な声で言ってきた。
その言葉に兇もまた押し黙る。
いつもと違う緊迫した空気の中、一人蚊帳の外に居る状態の北斗は意味がわからず首を傾げていた。
「え?え?国家・・・公務?」
「あ、やばっ、つい・・・」
「ついじゃない!」
しまった〜と言う猛の白々しい科白に、兇は半目で睨みつける。
「ま、そういう訳だからよろしくね♪」
猛はさも当然とばかりに北斗の肩にぽんと手を置くと、にこにこと笑いながら言った。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする北斗は、猛の言葉に「はぁ」と頷くより他なかった。
「あ、そういえば言い忘れてたけど。」
猛が思い出したといわんばかりの勢いで兇に振り返る。
「なんだ?」
猛の言葉に兇が訝しげに首をかしげていると
「あの高円寺って娘、何かに取り憑かれてるよきっと!」
と人差し指を立て可愛らしく首を傾げながら自信満々に言ってきた。
それを聞いた兇はというと――
「そんな事ぁ、わかってる!」
兇の怒声と共に、ゴスッと保健室に鈍い音が響いた。
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