その日の夜、北斗は縁側でいつものように月を見上げていた。

あれから怪我を負った兇を休ませると言って、猛は嫌がる兇を連れて一旦家に帰った。

その後、帰ってきた猛に今後の話を聞いたのだが・・・・

「私うまくやれるかな?」

北斗は空に輝く月を見上げながら、不安そうにぽつりと呟く。

猛の作戦――悪霊に取り憑かれた高円寺 魅由樹を助ける――は

北斗が囮になり、出てきた魅由樹を捕まえ憑いている悪霊を浄霊する。

という、とてもシンプルな作戦だった。



しかし・・・



学校で見た魅由樹は既に人とは呼べない程に変貌していた。

しかもあの動き・・・

人とは思えな俊敏な動きに、あの力。

大人ひとりを軽く吹き飛ばすほどの力と、肉をも切り裂く鋭い爪。

思い出しただけで体が震えだした。

自分の腕で己の体を抱きしめ、暫くの間震えが止まるのをじっと待つ。

唇を噛み締めて耐えていると、俯く視界にふっと影が翳った。

驚いて見上げると、秀麗な笑顔が視界に飛び込んでくる。

「!!」

慌てて後退る北斗。

目の前の笑顔を再度見上げると、それは猛の笑顔だった。

「た、猛さん!」

どうしたんですか突然?と驚く北斗に、猛はくすりと苦笑を零すと視線を向けてきた。

「うん、ちょっと心配だったからね。」

大丈夫かい?と訊ねてくる猛の眼差しはどこまでも優しい。

そんな視線に北斗は頬を染めながら、おどおどと落ち着き無く体を動かす。

「ここ、いい?」

「え、あ、はい!」

猛の指差した場所を見つめ、慌てて頷くと体をずらしてそこを空けた。

猛は「どうも」とにこやかに言うと、北斗の横に腰を下ろす。

途端、狭く感じるその空間。

北斗は体を小さく縮こまらせると、すぐ近くに触れる猛の体を見上げた。

秀麗な顔に細身の体系だが、その体つきは女の北斗とはだいぶ違っていた。

肩幅は広く、その腕や体つきはがっしりとしている。

兇よりも幾分高い身長のため、小柄な北斗はその陰に隠れてしまう程だった。

傍に来て改めて気づく男の人の大きさ。

なんだか気恥ずかしくなり、頬がだんだんと熱くなってきてしまった。

熱い頬を隠すように両手を添えて俯いていると、猛が声を掛けてきた。

「怖い?」

俯く北斗に覆いかぶさるような形で見下ろされ、北斗は更に体を小さくしながら猛を見上げた。

いつもより近く感じる視線。

その息遣い。

北斗は急に恥ずかしくなり、慌てて頭を振る。

「だ、大丈夫です!」

おどおどと怯えた様に瞳を揺らす北斗に、苦笑を零しながら猛はぽんと北斗の頭に手を置いた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕が絶対守るからね。」

そう言って優しく頭を撫でる猛の掌は温かく、北斗の不安な気持ちを和らげる。



俺が守るから



不意に兇の言葉が脳裏に蘇った。

先程の猛の言葉とシンクロする。

優しく頭を撫で続ける猛の掌の温もりと、優しい言葉になんだか兇に申し訳ないような気分になってしまった。

「あ、あの!きょ、今日はもう遅いので寝ます。お休みなさい!」

北斗はがばっと立ち上がると、そう言うや否や一目散にその場から走って逃げていった。

脱兎の如く走り去った北斗の後姿を、ポカンと見つめていた猛は次の瞬間くすくすと笑い出す。

「ふふ、僕にもまだ望みはあるのかもね。」

嬉しそうに目を細め、北斗の逃げて行った廊下に向かって猛は呟いた。

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