二限目の休み時間、生徒達の声で賑わう教室に憂鬱そうな顔をするものが一人。

机に頬杖を付きながら気だるそうに呟いていた。

「結局、昨日は何も無かったなぁ〜・・・。」

「何が何も無かったの?」

ぽつりと呟いた言葉に、返って来た返事があって北斗は慌てて振り返った。

そこには苦笑も露わに北斗を見下ろす若菜が居た。

「べ、別になんでもないよ!」

首と手を左右にブンブンと振りながら慌てる北斗に、若菜は「別にいいけど」とくすりと苦笑する。

しかしその笑顔もすぐに消え、若菜は真剣な顔で北斗に聞いてきた。

「ところで鈴宮君の容態は?」

声を潜めながら聞いてくる若菜に、途端北斗は暗い表情をして首を横に振った。

「まだ目が覚めないの・・・・」

そう言いながら俯く。

そんな北斗に「そう」とだけ言うと、若菜もまた視線を落とした。

賑やかな喧騒の中、二人の間には重い沈黙だけが落ちていた。







昼休み――



暖かな日差しが差し込む昼食時

教室とは違って独特の匂いを持つこの部屋に、北斗と若菜は居た。

入り口に近い場所に席を取り、持参してきたお弁当をつつきながら目の前で繰り広げられる光景を遠巻きに眺めていた。

「へえ〜、それは面白いね」

「そうなんですよ〜先生♪」

この部屋の住人である新任保険医は、キャッキャッとはしゃぐ女子生徒たちに囲まれながら、だらしなく鼻の下を伸ばして嬉しそうに笑っていた。

その様子を遠くから黙って見守っていた北斗は

「すご・・・」

と、感嘆とも呆れとも取れる声を上げていた。

新任保険医――猛は赴任早々あっという間に女子生徒の人気者になっていた。

そしてついたあだ名は『保健室の貴公子』やら『注射器を持った王子』であった。

いったい誰が名づけたのか、どこかで聞いたような呼び名はさすがと言うかなんと言うか、やはり兄弟は似るものなのかと北斗は内心感心していた。

「ほんと凄いわねぇ〜、鈴宮君みたい。」

「えぇっ!?」

自分の心を読まれたのかと疑いたくなるようなタイミングで、隣で一緒にお弁当を食べていた若菜のその言葉に、食べかけの卵焼きを思わず落としそうになりながら北斗は素っ頓狂な声を上げて振り返った。

「ほら、顔もどことなく似てるし・・・・」

「そ、そうかな〜・・・・」

まじまじと猛の姿を見つめる若菜に北斗は内心冷や汗を流した。



――ま、まずい・・・・。



兇と猛、二人が兄弟なのは秘密にしている。

兇が嫌がるというのもあるが、仕事で来ている猛も「その方が仕事がやりやすいから」ということで、今は生徒達には内緒にしていた。

「ね、北斗はどう思う?」

「へ?ど、どうって?」

若菜の問いかけに北斗は頬を引き攣らせながら返事をした。

「保健の先生よ。鈴宮君に似てるし、しかも苗字も一緒だし・・・。」

「うぐ・・・」

その言葉に北斗は息を飲む。



――た、猛さ〜〜ん!



そう言えば!と、ここで猛の名前が本名だったことに改めて気づかされた北斗は青褪めながら猛を見た。

しかし当の猛はというと、相変わらず女生徒たちの相手に忙しく北斗の視線に気づく様子もない。



――本当に隠す気あるのこの人は〜!?



のほほんとした猛の態度に北斗はハラハラしていた。

目の前には暢気な男。

隣には勘の良い友達。

二人の板挟みに合いながら、北斗は身の縮こまる思いに頭を抱える。



――きょ、兇君早く戻ってきて〜〜〜!!



と胸中で今は療養中の相手に向かって絶叫していた。

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