目が覚めた時、そこは自分の部屋だった。
夢から覚めたばかりの頭はまだはっきりとはせず、何か大事なことを忘れているようなそんな錯覚に捉われている。
「なんだっけ?」
目覚めた兇は、とりあえず起きようと腕に力を込めた。
途端、背中に激痛が走る。
「うっ」
苦痛に顔が歪み、起き上がりかけた体はまた布団の上に落ちた。
眩暈がする。
ガンガンと響く頭を押さえながら、暫くの間ぼんやりと天井を見つめていると、段々と意識がはっきりしてきた。
――確か学校で高円寺さんに襲われて、それで・・・・
そこまで思い出して目を瞠った。
「那々瀬さん!!」
痛みも忘れてがばりと起き上がる。
枕元にあった携帯を見つけると慌てて液晶画面を覗く。
一瞬で顔色を変え布団から飛び出すと、急いで部屋から出て行くのであった。
ストン
門に備え付けられているポストへ落ちていく音。
兇はそれを確認した後、ゆっくりとそこを見上げた。
暗く明かりの落ちた家。
人の気配はない。
しかし2階の窓の部屋に微かに気配を感じた。
いる・・・・こっちを見ている。
兇は視線をゆっくりと逸らすと、そのまま踵を返し足早にこの場を去った。
カサリ
青白い指に開かれた手紙が一枚。
精気を失った虚ろな目が、そこに書かれた文字をじっと見つめている。
手紙を受け取った女は、にたりと唇を歪ませて笑うと、低い声でうっとりと呟いた。
「うふふ、ウフ・・・・兇・・・サ、マ」
焦っていたと思う。
自分は怪我をして丸一日も眠ってしまっていた。
その間、彼女を守れなかったという事事に酷く焦った。
――その結果がこれか?
兇は今、目の前で起こっている出来事に自嘲的に笑った。
振り上げられた鋭い爪。
己をじっと見つめる赤い瞳。
口元は悦に歪みながら不気味な声を発している。
「私ノ・・・・モノ」
女の口からそう告げられた瞬間。
ひゅんっ
空を切る鋭い音が聞こえてきた。
「キャーーーーーーーッ!!」
遠くで彼女の悲鳴が聞こえた。
ザシュッ
引き裂かれる音と錆びた鉄の臭いが同時にした。
「兇君!!」
北斗は目の前で起こった出来事に、青褪めありったけの声を上げて彼の名を叫んだ。
一昨日の昼間の光景が蘇る。
――嫌だ兇君・・・・もう、もうあんなのは!!
思った瞬間、体が勝手に動いていた。
恐怖も忘れて走り出す。
駆け出す北斗の視界の先に、宙を舞う引き裂かれた布と――
鮮血
それを視界の端で捉えながら北斗は走った。
「兇!」
がむしゃらに走って彼の元に辿り着くと、既にそこには猛が駆けつけていた。
猛は倒れた兇の肩を支えながら目の前の魅由樹を睨みつけていた。
「兇君!!」
辿り着くと倒れ込むように兇の元へ駆け寄り、猛とは反対側の肩を支えた。
「ごめん那々瀬さん」
北斗の顔を見た途端、兇は何故か申し訳なさそうに謝ってきた。
「な、何言ってるの?謝るのは私の方でしょ?そんな事より・・・この傷」
魅由樹の攻撃を避け切れなかったのであろう、兇の右腕は手首から肘の辺りまでがざっくりと切れていた。
ぼたぼたと滴り落ちる血。
北斗は兇の右腕に急いでハンカチを当てた。
ぎゅっと押さえるとじわっと血が滲んでくる。
思ったよりも深い傷に北斗は息を飲んだ。
「猛さん」
北斗は猛を振り仰ぐ。
「北斗ちゃん、兇をお願い!」
猛はそう言うと兇から離れ、二人を庇うように前に立つと目の前の女を見下ろした。
「ここからは僕が相手だよ」
にっこりと――彼特有の笑みをその顔に貼り付かせると、猛は高円寺魅由樹へと微笑んだ。
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