そして景色はまた変わった。



――なに……これ……。



北斗はその光景に言葉を失った。

見えるのは薄暗い天井。

その天井からは裸の電球が一個、ぶら下がっているのが見えた。

ゆらゆらと揺れる電球。

その薄暗い明かりを遮る様に、無数の男の顔が目の前に迫っていた。

『いや、やめてお願い!助けて――さん』

にやにやと自分を見下ろす男の背後に、あの恋人がいた。

悪霊の少女は、その恋人に向かって必死になって叫んでいた。

『んじゃ、お前たち後よろしく』

恋人はそれだけ言うと、重い鉄の扉の向うに消えて行ってしまった。

バタンと虚しく鳴り響く扉の音。

小刻みに震える体。

目の前にはにやにやと己を見下ろす複数の男の顔。



――やめて!!



北斗は思わず叫んだ。

悪霊の少女の叫びと重なる。

その瞬間流れ込んでくる思考。



嫌 嫌 嫌



怖い 怖い 怖い



やめてお願い



助けて――さん!!



頭に流れてくる大量のコトバ。

北斗はその膨大な量に頭痛を覚え頭を抱える。



――痛い……助けて



兇君!!



その瞬間、北斗の視界は暗転した。



気がついたら、ぽつりとそこに立っていた。

真っ暗。

他には何も無い。

暗い暗い真っ暗な闇。

どこまでも続くその闇に、北斗はぶるりと身を震わせた。

先ほど見た光景が脳裏に蘇る。

ぞくりと思わず肌が粟立った。

「なに、なんだったの…あれは……」

ぽつりと呟く。

誰も居ない真っ暗な空間に、その呟きは瞬く間に吸い込まれていった。

沈黙が落ちる。

北斗はまたぶるりと身を震わせた時、声が返ってきた。



『あれは、私……』



その声にどきりとした。

紛れも無いその声は、あの悪霊の少女の声。

北斗は慌てて顔を上げると、目の前にあの悪霊がいた。

「ひっ」

北斗は思わず声を漏らすと一歩後退った。



『あれは……私の生前の姿』



驚く北斗を他所に、悪霊は淡々と話し続ける。



『私……あの後、乱暴されたの』



その言葉に北斗はびくりとする。

無数の影になった男たちの顔が脳裏に蘇る。

吐き気を覚えて口を押さえた。



『悔しかった……悲しかった』



ぽろぽろと悪霊は泣きながら話し続けた。



『愛していたのに……信じていたのに』



ぼろぼろ、ぼろぼろ、大粒の涙が悪霊の瞳から溢れていく。



『苦しかった……彼に捨てられたことが』



涙で真っ赤になった瞳が北斗を捉える。



『苦しくて、苦しくて……生きていけなくて』



じっと北斗を見つめ続ける。



『だから、私……死んだの』



悪霊は淡々と答えた。

北斗はその言葉に胸が苦しくなった。

苦しくて苦しくて、息ができなくて。



引きずり込まれる!



そう思った瞬間、無意識に手の中にあったそれを強く握り締めた。

その瞬間、ちりん、と小さな音が手の中で鳴った。

覗き込むと、それは兇に手渡された小さな鈴だった。

銀色の小さなそれ。

それは北斗の手の中で鈍く光を発していた。



暖かな光。



ほんわりと心が温かくなったような気がした。

苦しかった胸の痛みが和らいだような気がした。



――大丈夫、まだやれる。



北斗は何故かそう思うと、目の前の悪霊を正面から見据えた。

そして、北斗はゆっくりと口を開くのだった。

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