「いや〜清音さんお構いなく。」
お茶を出してきた清音に北斗の父和夫は笑顔のまま遠慮する。
あの後、突然鈴宮家へ押しかけてきた和夫に、兇達は何かあったのかと慌てたのだが。
当の和夫は清音の顔を見るなり――
「いや〜清音さんお久しぶりです♪仕事で一時帰国したのでご挨拶にと思いまして。いや〜急に押しかけてしまって申し訳ありません。北斗の奴はご迷惑おかけしておりませんでしたかな?」
と言って、清音の手を取ると満面の笑顔でそう言ってきたのだった。
それを見た兄弟は一瞬でジト目になる。
そこは男同士、なにかピンと来るものがあったのか兄弟共に目頭を押さえるとやれやれと言って小さく嘆息するのであった。
「あ!ところでうちの娘は今どこに?」
客間に通され清音との久しぶりの再開を十分堪能した和夫は、思い出したように娘の現況を聞いてきた。
その言葉に兇と猛はお互い顔を見合わせる。
「えっと・・・今那々瀬さんは・・・・。」
「?」
口篭る兇達に和夫が首をかしげていると、隣から助け舟が出された。
「その・・・北斗さんは今ちょっと出かけていますのよ。」
「そうですか。」
機転を利かせた清音の言葉に和夫は眉根を下げながら頷いた。
温かいお茶をすすりながら残念そうにする和夫を見て少し気の毒に思えてしまった。
暫しの間沈黙が落ちる。
「ではそろそろ・・・・。」
本来の目的である娘の不在を知ると、父和夫は御暇しようと腰を上げる。
「・・・・お待ちください。」
その時、和夫を引き止める声が上がった。
「母さん?」
和夫を引き止めたのは意外にも清音だった。
驚く兇と首を傾げて様子を窺う和夫を交互に見ながら清音は言葉を続けた。
「申し訳ありません。嘘をついておりました。ご心配をかけまいと黙っておりましたが。ここはやはりお父様にもきちんとお伝えしておかなければと思いまして・・・・・本当は・・・・・北斗さんは今、行方不明になっているのです。」
「行方不明?」
清音の突然の告白に和夫は目を瞠る。
「それはどういうことですか?」と説明を請う和夫に清音は目を伏せると頭を下げた。
「私達の不手際で北斗さんは神隠しに遭ってしまいまして・・・・今息子達が全力で探しております。大切な娘さんを預かっておきながらこんな事になってしまいまして申し訳ありません。」
「神隠し?」
驚きのあまり身を乗り出して聞き返す和夫に「本当に本当に申し訳ありません。」と頭を擦り付けんばかりの勢いで清音は謝罪した。
「いえ、俺が悪いんです!」
堪らず兇も加わる。
しかし親子二人が必死に頭を下げる中、和夫はどこか呆然とした様子でいた。
「北斗が・・・・神隠し・・・・まさか、また?」
目を見開いたまま焦点の合わない様子で和夫はぽつりと洩らす。
その言葉を聞いた兇達親子は顔を見合わせた。
「和夫さん?」
俯き一点を見つめ続ける和夫に清音が困惑した表情で聞き返す。
しかし和夫は聞こえないのか俯いたまま黙っていた。
その時、しばし落ちた静寂を壊すかのように携帯音が部屋の中で響き渡った。
「おっと、失礼。」
猛はポケットからけたたましく鳴るそれを取り出すと、慌てて部屋から退出する。
障子の向こうから猛の声が微かに聞こえてきた。
「それで、どうなんだ?」という兄の真剣な声に兇は無意識に聞き耳を立てる。
しかし、声を潜めて話す猛の声は容易には聞き取れなかった。
暫くすると猛が部屋へと戻ってきた。
「兇、神隠しの新たな情報が入ったよ。」
部屋に入るなりそう言ってきた猛に兇は弾かれたように顔を上げる。
「何かわかったのか?」
真剣な顔で聞き返す弟に猛は頷くと早口で用件を伝えた。
「例の交差点、色々調べさせていたんだが、ある特定の時間帯にだけ神隠しが起こっていた事がわかったよ。そしてその時間は・・・・兇、君があの時北斗ちゃんを見失った時間と一致したんだ。」
「本当か!?」
「ああ間違いない。彼女はまだあそこにいる!兇、時間が無い急ごう!」
時計を見ながら言う猛に兇は頷くと席を立つ。
「母さん、後はよろしく。」
ちらりと放心状態の和夫を見た後、心配そうに見上げてくる母にそう言うと母は「任せなさい」と力強く頷いてくれた。
それを確認した兇は顔を上げると猛を見遣る。
兄弟は小さく頷き合うと急いで家を後にするのだった。
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