「それは大変だったねぇ〜。」



放課後。

部活を終えた北斗が立ち寄ったのは消毒液の匂いがする保健室。

北斗は先ほどのクラス会議の愚痴を、この部屋の主相手に零していた。



「もう、本当に困ってるんですから。」



笑わないでくださいよ〜、と言いながら北斗は目の前で苦笑する相手にぷくーと膨れる。



「ごめんごめん、でも北斗ちゃんのお姫様姿は可愛いだろうね。」



頬を膨らませて怒るフリをする北斗を可笑しそうに笑いながら、ここの保健医を勤める猛は備え付けのパイプ椅子に座ったまま振り返ると徐に立ち上がった。

そして北斗と同じように愛用のマグカップに入れたコーヒーを飲みながら、優雅な足取りで北斗のもとへ歩いていく。

北斗は近くにやって来た猛に一瞬どきりとしながら、冷めかけたコーヒーカップを握り締めた。



近い。



その近さに未だ慣れない北斗は内心でどきどきする。

恥ずかしさから知らず俯いてしまった北斗に、猛はにこりと爽やかな悪魔の笑顔を向けると、突然耳元で囁いてきた。



「なんなら兇君と代わってあげようか?僕なら北斗ちゃんとの共演喜んでするけどね。」



もちろん「キスだって本気でしちゃうよ。」というセクハラは忘れない。



「な、何言ってるんですか!」



冗談はやめて下さい、と猛の言葉に北斗は顔を真っ赤にしながら慌てる。

そんな慌てる北斗を、猛は嬉しそうに見ながら微笑む。



「いや、本当に北斗ちゃんなら喜んでするよ……なんなら練習台になってあげてもいいんだけど。」



そう言いながらどんどん距離を縮めてくる猛に北斗は本気で身の危険を感じた。



「な、ななななに言ってるんですか〜もう〜〜。」



「いやだから本気だって……」



「そこまでだ、この色情魔!!」



北斗の顎を捉えて迫ってきていた猛は、怒気を孕んだ声が聞こえてきた瞬間、後ろへすっ飛んでいった。

派手な音を立てて壁に激突する猛。

猛の頭がめり込んだ壁からはぷしゅ〜という音と、白い何かがひょろりと出ていた。

北斗は危機的状況を回避できたことに安堵し、目の前で壁にめり込んだ猛も心配しながら、突然現れた人物に声を上げた。



「きょ、兇君!!」



「大丈夫だったかい?」



背後で大惨事になっている兄の事など綺麗さっぱり無視して兇は北斗に声をかけてきた。



「う、うん……私は平気だけど、猛さんが……」



相変わらずな兄弟の派手なやり取りに、北斗は若干引きつりながらも素直に頷く。



「そっか良かった。」



北斗の返事に兇は安心したように、にこりと笑顔を作ってみせた。

そして



「ここは危険だからね。さぁ、帰ろう。」



壁からだらりと垂れ下がる白衣を背後に、兇は爽やかな天使の笑顔でそう言うと、北斗の肩を抱いて出口へと向かおうとしたのだが……



「え、でも……猛さんが。」



北斗の言葉にその足を止めることになった。

若干兇の片眉がぴくりと引きつる。

そんな兇の変化など微塵も気づかない北斗は、背後で壁にめり込んだままぴくりとも動かなくなってしまった猛を、ちらちらと気にしながら目の前の兇を見上げた。

その瞬間兇は内心で「うっ」と呻いた。

何故なら北斗の瞳が不安で潤んでいたからだ。

兇はこの視線に弱い。

兇にとっては悩殺必死のその可愛らしい表情に一瞬狼狽えてしまったが、しかしそこは鈴宮兇。

北斗を守るためならば心を鬼にすることなど造作ない。

というか、猛に対してはいつも鬼なのだが……。



「ああ、あいつなら大丈夫、頑丈だから。」



兇は得意の笑顔でしれっとそう答えると、心配する北斗を強引に連れて保健室を出て行くのであった。



何があっても北斗を守ると心に決めた兇は、最近男子の間では「那々瀬北斗の事になると見境が無い!」と評判なのであった。



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