さて、晴れやかな空に似合わず今日の兇はぶすっとしていた。

隣には北斗もいる。

ただ今片想い中の想い人がいるにも関わらず何故兇が不機嫌なのかというと。

原因は実兄の猛のせいであった。



「兇く〜ん、また国から依頼が来ちゃった!でも僕、今週は研究室に帰らなきゃいけないから、あとよろしくね〜♪」



などと人に依頼を押し付けて、旅行カバン片手に笑顔で手を振りながら去っていく猛であった。

その忌々しい姿を思い出しながら、兇は「ちっ」と舌打ちする。



「あ、あの……兇くん?」



眉間に皺を寄せ不機嫌極まりないといった顔をしていた兇は、隣からかけられた声にはっと我に返った。

慌てて振り向くと、恐る恐るといった感じで兇を見上げる北斗と目が合う。

「あ、ああごめん、その……那々瀬さんに怒っていたわけじゃないから。」

兇はしまったという表情をしながら気まずそうに謝る。

そんな兇に北斗は

「う、ううん気にしてないよ、でも大丈夫兇君?」

逆に心配そうに顔を覗き込んできた。

そんな優しい北斗の気遣いに機嫌が治り始めた兇は、北斗にだけ見せる笑顔で頷いてみせた。

「大丈夫だよ、ただ……」



「あのバカ兄貴にちょっとだけムカついているだけだから。」



那々瀬さんは気にする事ないんだからね、といつもの天使の笑顔で言ってきた兇に北斗は引きつりながら頷く事しかできなかった。

北斗いわく、にこりと微笑んだ兇の笑顔の奥に暗雲渦巻く怨念が見えたとか見えなかったとか……。



かくして

若干不安のよぎるこの押し付け依頼が、後にあんな事件に発展するとは……

この時ばかりは、兇も北斗も猛さえも気づくことはなかったのであった。



「兇君、ここ?」

「うん、依頼ではここで最近神隠しが起こっているらしいんだ。」

数刻後。

兇と北斗は猛に押し付けられた依頼先に来ていた。



「そ、そうなんだ……」

兇の言葉にごくりと喉を鳴らした北斗に兇はしまったと眉間に皺を寄せた。



――つい連れて来てしまったけど、彼女をすぐ帰した方がいいんじゃないか?



兇は急に不安になると北斗の方へと振り向く。

「那々瀬さん、あの……。」

「兇君、これって。」

声をかけようとした兇に、北斗の息を飲む声が聞こえてきた。

思わず北斗の見下ろす先を辿ると――



無かった……



あった筈の道祖神が。



土台からごっそりともぎ取られたようなそれはまさしく道祖神があった跡。

北斗の記憶にも新しい石碑の痕跡に、思わず視線が釘付けになる。

「これは……。」

兇もその異変に眉間に皺を寄せて辺りを見回した。



確かに、無い。



この前行った交差点よりも遥かに大きなこの交差点は、片側が住宅地で反対側は林の中という変わった場所であった。

道が多ければ霊の通り道も多い。

兇の呟くように言った言葉がやけに耳に残る。

何というか得体の知れない不安が込み上げてきた。

北斗は無意識の内に胸の辺りを手で押さえると兇の顔を見上げた。

視線の先の兇は、複雑な表情で石碑のあった場所を見ていた。

その表情に北斗の不安も大きくなっていく。



「とりあえず、石碑を探してみよう。」



兇は隣で不安そうに見上げてくる北斗を安心させるように、得意の笑みを作りながらそう言うと、北斗には気づかれないように真剣な表情で辺りを探し出した。



「私、こっち側見てくるね。」



兇が住宅地の方へと足を向けた時、背後から北斗の声が聞こえてきた。

顔だけを振り向かせ、北斗が向かおうとしていた場所に気づいた兇は勢いよく振り返った。

北斗が指差していた場所――そこは、うっそうと茂る藪の中だった。

兇は一瞬で顔色を変える。



「那々瀬さん待って!」



兇が慌てて止めに入った。

しかし



兇の静止の声も虚しく、北斗は駆け足で藪の中に入っていってしまった。

焦る兇。



――まずい、あの中は……。



兇は額に冷や汗を浮かべると慌てて北斗の後を追った。

あの中は、はっきりとはしないが何か異質な気配を感じていた。

その為、兇はその場所の探索を最後に回そうと思っていた。

まずは住宅の方から、と己が向かったのがいけなかった。

気の利く北斗が効率が良いからと他の場所を探すかもしれないと何故気づかなかったのか。

己の迂闊さに舌打ちする。

そして――



がさり



兇が急いで北斗の後を追いかけ、飛び出たそこは――



誰もいない車道だった。



「那々瀬……さん?」



慌てて振り返る。

そこには先ほど自分が出てきた林があった。

中に入ってから出てくるまでの間は3分ほど。

さほど大きくはないその林で兇は北斗を見失ってしまった。



――やられた!



兇はすぐさま来た道を戻ったが、出た先で地団駄を踏んだ。



――やられた……攫われた……この僕に気づかれる事も無くあっさりと!



一瞬でいなくなってしまった北斗を日が暮れるまで探しながら、兇は何度も何度も己の無能さを罵り続けるのであった。



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