「ここか。」
そびえる様に目の前に立つ黒塗りの大きな門を見上げながら兇はポツリと呟く。
左右を見るとコンクリート造りの分厚い壁が遥か彼方まで続いていた。
兇が立っている場所はとある施設 ―― 刑務所 ―― であった。
兇は目の前の門を見据えるとゆっくりとした足取りで中へと入っていった。
「こちらです。」
「すみません、ありがとうございます。」
やや硬質な響きを生む薄暗いその場所で、兇は案内してくれた看守へと深々と頭を下げて礼を言った。
ここは某県某所の刑務所の中。
兇は己の持つ――いや鈴宮家の持つ特権を大いに利用させてもらい、一般市民が普段立ち入ることのできない刑務所の奥に居た。
もちろん、猛の引き受けた例の依頼の詳しい調査のためである。
「いや〜驚きましたよ、あの方の代わりがまさか高校生だとは。」
「不安ですか?。」
「ああ、いやいや貴方の噂はかねがね伺っておりますよ。」
年若い看守の揶揄を含んだ物言いに、兇は少しだけ鋭い眼光で聞き返すと看守は慌てたように否定してきた。
「で、では用が済んだら声をかけてください。」
バツが悪いような顔をしながら看守はそう言うと逃げるように廊下の入り口まで退散してしまった。
その姿を冷ややかな目で見ていた兇は先程開けて貰った独房へと視線を戻した。
兇の視線の先には殺風景な部屋がひとつあった。
その部屋はコンクリートの壁に覆われており、唯一ある明り取り用の小さな窓がぽつんと一つ壁の上の方に付いていた。
兇は唯一の出入り口である鉄格子の扉をくぐるとその部屋の中へと足を踏み入れる。
途端襲ってくる嫌悪感。
憎悪にも似たその気配に兇の眉間に皺が寄る。
――憎しみ?いや違うな、これは・・・・後悔?
愛用の数珠を手に持ち霊視をしていた兇が首を傾げる。
色々な感情が渦巻いていて上手く霊視ができない。
兇は更に意識を集中させた。
「!!!!!」
部屋の中でひときわ強く残っていた感情を読み取り思わず目を見開いた。
つぅ、と冷や汗が頬を伝う。
「まさか・・・・」
荒くなった息を整えながら兇はぽつりと呟くのだった。
吉報はその次ぐ日に届いた。
「猛さんが意識を取り戻したそうですよ。」
学校から帰宅した兇は出迎えてきた母の嬉しそうな言葉に思わず靴を脱いでいた手の動きが止まった。
「本当ですか?」
ゆっくりと母を見上げながら確認するように聞き返す。
「ええ、さっき病院から直接連絡があったから間違いないわ。」
嬉しそうに頷く母の言葉を最後まで聞かず、兇はくるりと踵を返すと脱兎の如く玄関から飛び出して行ってしまった。
「あ!兇さんお夕飯は?」
いきなり出て行ってしまった息子に暢気な清音の声がかけられたが返ってくる返事はない。
「まったくもう、あの子ったら・・・・」
清音は兇が飛び出して行った玄関を見つめながら、やれやれと溜息を吐くのだった。
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