「おかえりなさい。おやおや兇君どうしたのかな〜そんな浮かない顔をして。」
帰宅早々ムカつく顔が出迎えてきた。
兇は玄関を開けたままその場に立ち竦む。
しかも目元には影まで落ちていた。
笑顔で出迎えたはずなのに、なかなか中に入ってこない息子に保はどうしたのかと首を傾げた。
「おや、兇君どうしました?中に入らないんですか?」
「・・・・・・」
保が促すがそれでも中に入ろうとしない息子に保はますます首を傾げた。
「な〜にびびってんの兇君?」
兇の背後からのんびりとした声が聞こえてきた。
驚いて振り返ると玄関の戸に手をつき兇を見下ろす形で背後に猛が立っていた。
「おや猛君、君も退院してきたんですか?おかえりなさい。」
保はもう一人の息子に向かってにこやかに言ってきた。
「ただいま父さん。相変わらず虫も殺さないような顔して出迎えてくれて嬉しいね〜。」
ははははは、と笑いながら猛は兇の横をすり抜けて中へと入っていった。
「虫も殺さないようななんて、虫にも五分の魂がありますからねぇ、殺生なんてそんな野蛮なことはできませんよ。」
こちらも負けじと言葉を返す。
「あははは、何を言ってやがるんですか?我が家一のハンター退魔師が。」
「いやいやいや君もなかなか、我が家で2番目に強いじゃないですか〜♪」
そう言って笑い合う二人の間にバチバチと光る火花が見えた。
そんな二人を目の前に兇はますます入りづらくなっていく。
――ほんと、この二人が揃うと厄介だ・・・・。
はぁ、と溜息を吐いているとパタパタと誰かがこちらへやってくる音が聞こえてきた。
「あらあら、兇さんと猛さんも一緒だったのね、二人共おかえりなさい。」
「鈴宮君、猛さん!おかえりなさい。」
やって来たのは救世主といわんばかりの二人の女神であった。
出迎えた北斗と清音に、睨み合っていた二人の男達は一瞬で表情を変える。
ぱああっと爽やかな笑顔になって二人に振り返っていた。
「ただいま、北斗ちゃん♪」
猛は言うが早いか、さっと玄関を上がると目をキラキラさせながら北斗の手を取り顔を至近距離まで近づけてきた。
急な接近に北斗は真っ赤になる。
「あ、あの・・・・た、猛さんもう体の方は大丈夫なんですか?」
狼狽える北斗に猛は優しそうな瞳で見下ろすと
「北斗ちゃんの顔を見たからもう平気だよ♪」
と恥ずかしい台詞を吐いてきた。
その言葉に玄関の入り口で見ていた兇は思わず砂を吐きそうになる。
しかし、ふと重要なことを思い出して猛に詰め寄った。
「そんな事より猛、まだ退院できないって聞いてたはずだけど?」
どういうことだ?と言いながら兇は北斗の手を握っていた猛の手を解きながら半眼で猛を見上げる。
「いや〜もう退屈で退屈でさぁ、強引に帰ってきちゃった☆」
「へ?」
「はあ?」
てへっ、と可愛らしく舌を出す猛に兇と北斗が素っ頓狂な声を上げた。
猛の意識が戻ったのはつい二日前のことだ、退院するにはまだ早い。
担当の医者からも退院は精密検査を受けてからと説明があったばかりだった。
「な・・・に勝手なことしてるんだ・・・・。」
兇が唖然としていると、隣から和やかな笑い声が聞こえてきた。
「ははははは、猛君相変わらず頑丈ですねぇ。」
さすがは長男♪と訳のわからない喜び方をしてきた保に兇は口を開けたまま固まってしまった。
「い、いいんですか?」
だいぶこの家族に耐性のついた北斗がまともな疑問を投げかけてくる。
「大丈夫、大丈夫♪鈴宮家の男子は結構頑丈ですから♪」
ふふふ、と得意の菩薩の笑顔を披露しながら答える保に北斗は「はぁ」と頷くしかなかった。
「さて、そろそろ夕飯の時間ですね〜、清音さん今日の晩御飯はなんですか?」
そう言って清音に話を振る。
保の言葉に清音は「あらあらお夕飯の途中だったわ」と慌てた様子で台所へと戻って行ってしまった。
その後を「私も手伝います。」と北斗が追いかけて行く。
そんな微笑ましい女性達の後姿を見送っていた保がぽつりと
「今夜はすき焼きのようですね〜。」
と台所から漂う良い匂いを嗅ぎながら嬉しそうに言ってきた。
「おっ、すき焼きか♪」
その言葉に猛も嬉しそうに言う。
そんな親子を眺めていると突然保が言ってきた。
「ふふふ、今日は生卵3つ程頂いておきましょうか♪私は清音さんに夜這いをしなくてはいけないですからねぇ!」
「そんなこといちいち報告するな!」
「あんた達部屋一緒でしょうが・・・・」
精力つけなくちゃ♪とほざく保に兇は真っ赤になり、猛は呆れた表情で呟いた。
そんな息子達にはお構いなしに保は「でわ」と言いながらいそいそと部屋へと帰っていった。
「まあ、夜這いは男のロマンだからな〜」
突然、ふっと悟りを開いたような顔で猛が呟いてきた。
そんな猛を兇がじろりと睨み
「今、那々瀬さんは精神的にも参っているんだから余計なことはするなよ」
と釘を刺す。
「はいはいわかってますよ。」
と、猛は肩を竦めながら残念そうな顔で頷くのだった。
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