「北斗、大丈夫だったの?」
朝、教室に入るとクラスメート達が血相を変えてやってきた。
「うん、私は大丈夫。心配かけてごめんね」
数人のクラスメートに囲まれた北斗は、心配をかけないように笑顔で答えた。
「もう、心配したんだから。アパート全焼だって?北斗は怪我とかしなかったの?」
「びっくりしたんだから、テレビや新聞で北斗の家が全焼してて、北斗も行方不明だって言うし。」
「火事の原因ストーカーか放火魔だって聞いたけど、犯人捕まったの?」
「うん、家に帰る前だったから平気。それに燃えたのはアパートの私の部屋だけだし、出火原因もガスコンロが古くなっててガスが漏れて引火したみたいだって警察の人が言ってたよ。」
自分が3日間も学校を休んでいた間、あの事件の話が大きくなっている事に焦った北斗は、クラスの皆に聞こえるような大きな声で訂正しておいた。
「ほらほら皆席に戻んなさいよ〜、北斗は病み上がりなんだから話は後でゆっくりするって。」
北斗に群がる友達を掻き分けながら親友の若菜が割って入ってきた。
その若菜の一声に、北斗を取り囲んでいたクラスメート達は渋々といった様子で皆席に帰って行く。
「ありがと若菜」
「どういたしまして」
助け舟を出してくれた親友に小声で礼を言うと自分達も席に向かった。
「それにしても、あの事みんなにばれてない?」
若菜は席に着いたと同時に心配そうに聞いてきた。
若菜とは中学時代からの親友だ。
お互い気も合うし、中学のときから縁があって中学時代はずっとクラスが一緒だった。
高校に入ってからもクラスは一緒で席も前と後になるなど若菜との腐れ縁っぷりは今も健在だ。
その若菜の問いかけに北斗は大丈夫と笑いながら答えた。
「まだ3日しか経ってないしね。でも、いつまでもこのままって訳にもいかないんだけど・・・。」
言いながら溜息を吐く。
「今日も行くんでしょ?私も付き合うよ。」
「ありがとう、助かるよ〜♪私一人だと探すの難しくって。」
若菜の申し出に、北斗は手を胸の前で合わせながら喜んだ。
「そうだよね〜。普通の女子高生が宿探しなんて、普通ないもんね。」
「ううう、そうなんだよね。私一人で不動産屋行くと、いっつも白い目で見られて挙句の果てには家出じゃないかって警察に通報されそうになったこともあるし・・・。」
はあぁ〜、と肩を落としながら盛大な溜息を吐いた。
「まあ、しかたないよ。おじさん今、海外転勤でこっちにいないんでしょう?」
「うん、まあ私が無理言ってこっちに一人暮らしさせてもらってるから文句言えないんだけどね。」
あの事件さえなかったらなぁと北斗は口を尖らせながら呟いた。
事件が起こったのは丁度3日前、偶然校門で会った兇と一緒に帰り、兇の悩殺紳士アタック(第1章8話参照)に昏倒しかけた北斗は、そのまま兇に家まで送ってもらったのだった。
そこで何者かに襲われ、しかもあろう事か北斗の住んでいた部屋は燃やされ全焼してしまった。
お陰で北斗は毎日宿探しに奮闘中なのである。
―――まあ、宿探すだけなら問題ないんだけどね〜。
北斗は宿探し同様、いやそれ以上の悩みを抱えていた。
先ほど若菜の言った”あの事”に関係することなのだが、それは3日前の事件の事ではなく―――正確に言えばその事件の後のことだった。
実はあの後、北斗の部屋が燃えてしまったことで部屋が見つかるまでの間どこに寝泊りするかが問題になった。
北斗は花も恥らう女子高生だ、野宿させるわけにもいかず、かと言ってカプセルホテルや安宿で一人で泊まらせるなんてもっての他だった。
と言う周りの強引な押し切りで、現在”とある家”でお世話になっているのだが、それが目下一番の悩みの種であった。
「良かったら、私の家に来てもいいのよ。お父さんもお母さんも大歓迎なんだから。」
何度も溜息を吐く北斗に、瞳をキラキラさせながら若菜がここぞとばかりに提案してきた。
中学時代から、若菜の家にはよく遊びに行っていたので若菜の両親の事は良く知っていた。
一人暮らしの北斗の身を案じ、遊びに行く度に夕飯に誘われたり泊まらせてもらったりと、何かと世話を焼いてもらっている。
家族同然の付き合いをしている若菜のことは姉妹のように思っていた。
だからこそ3日前の事件があった後、事件の事や今置かれている状況の事も全て若菜に話した。
実を言うと事件のあった翌日、若菜から携帯に連絡があったときも同じような事を言われたのだ。
しかも、現在北斗がお世話になっているという場所を聞くと血相を変えて飛んで来てくれたほどだ。
―――とりあえず、あの時は急だったから若菜の申し出を断っちゃったけど、どうしよう住む所もまだ見つからないし・・・。
北斗がどう答えようか困っていると。
「おはよう、那々瀬さん体の調子はどお?」
実に良いタイミングで、先ほどの話の核心ともいえる”北斗がお世話になっている『とある家』の住人”が、若菜と北斗の会話に入ってきた。
「おはよう鈴宮君。もう大丈夫だよ。」
「・・・・・・」
にこやかに挨拶を返す北斗とは対照的に、何故か若菜は浮かない顔をしていた。
「鈴宮君。」
少しの間何かを考え込んでいた若菜は突然兇を呼んだ。
「言っとくけど、北斗は女の子なんだからね。」
キッと兇を見据えてきっぱりと言い放つ。
突然の若菜の言葉に北斗は驚き、「な、何言ってんの?」と若菜を止めようと身を乗り出した。
「うん、わかってるよ。」
北斗が若菜を止めるより先に、兇はにっこりと天使の微笑を向けながら若菜に答えた。
「・・・・・ならいいけど。」
兇の笑顔に怪訝な視線を向けていた若菜だったが、すっと真顔に戻った兇を見た途端、渋々ながらもそれ以上何も言わなかった。
妙に緊迫感のある二人のやり取りにオロオロしていた北斗は、授業の始まりを知らせる予鈴にほっと胸を撫で下ろした。
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