くすくすくすくす

少女を囲むようにして数人の女生徒達が笑っている。
その中央には身を竦ませながら怯えるあの少女がいた。

『生意気ぃ〜』

一人の女生徒が少女の髪の毛を強く引っ張った。
それを合図に女生徒達は少女に酷い仕打ちを始める。
罵声を飛ばす者や足で踏みつける者。
見ているこちらが思わず目を覆いたくなるほどの暴行を少女に繰り返していた。
めまぐるしく変わる場面の中で少女は何度も苦しめられその度に歯を食い縛りながら耐えていた。
弱い己を恨みながら、酷い仕打ちを与える彼女達を呪いながら。
そしてとある場所へと場面は切り替わった。
少女は古い教室にいた。
その少女を隠れて覗うあの女生徒達もいた。
少女の目の前に高く積み上げられていた箱がいきなり彼女めがけて倒れてきた。
そのすぐ後に、きゃっきゃっと悪戯が成功したと喜び笑う女生徒達の声が聞こえてきた。
続いてパタパタと遠ざかっていく足音。
古びた教室の中はもうもうと埃が舞い上がっている。
暫くして舞い上がっていた埃が落ち着いたそこには、落ちてきた箱が山のように重なり合って少女が居た場所を埋め尽くしていた。
その箱の山から少女の体の一部が覗いていた。
下敷きになった少女はぴくりとも動かない。
そして―――
箱の隙間から見える少女の体の下から赤黒い液体が床の上に広がっていった。



ぷつり、とそこで映像は途絶えてしまった。
北斗は呆然と目を見開いたまま目の前の少女を見つめる。

「ひど・・・い」

少女を見つめる瞳からまた涙が零れた。

 寂しかった、怖かった、一人でここに残されて。だから友達をいっぱい作ったの。

ざわり

少女の背後で何かが蠢く。
北斗は少女の後ろに視線を移すと目を瞠った。
そこには重なり合い苦悶の表情を浮かべる霊達がいた。
何十体もの霊たちは、体の部分は無理矢理なのだろう溶かされ融合させられて少女の体と繋がっている。

 生きている人は初めてだけど痛くないようにするから

少女はそう言うとにこりと笑い北斗に手を伸ばしてきた。

「な、なんで私なの?」

北斗は震えてうまく動かない唇を叱咤しながらもなんとか言葉にした。
それは何度も襲われながらいつも頭の中で思っていた事だった。
何故自分なのか、何故私でなければいけないのか、いつもそればかり気になっていた。
目の前の少女は伸ばしかけた手を止め、じっと北斗を見つめると

 だって、私を見つけてくれたから

 ぽつりとか細い声で少女は話し出した。

 誰も私に気づいてくれなかった

 先生も友達も・・・親でさえも

 だから、あの時あなたがここへ来て私を見つけてくれたとき

 すごく・・・嬉しかった

そう言うと、少女はにこりと微笑んだ。
あどけない少女の笑顔は紛れも無い本音で。
嘘偽り無い彼女の望みで。
ただ彼女の中にあるのは絶望と悲しみだけしかないのだと気づいた。
そして先ほど見た映像が頭の中で甦る。
考えるより先に体が動いていた。
少女は突然の事に何が起こったのかわからなかった。
自分を包み込む温かいぬくもり。
小刻みに震える腕はけっして恐怖からではなく。
流れる涙は少女の心の傷を癒そうと何度も何度も少女に降り注ぐ。

「北斗ちゃん。」

背後で猛が呆然と呟く声が聞こえてきた。

「怖かったよね。辛かったよね。寂しかったよね。」

北斗は少女を抱きしめると、ぽろぽろと涙を零しながら語りかけた。

「酷いよね、酷いよね・・・」

苦しくて悲しくて居た堪れなくて、それ以上言葉を続ける事ができなかった。
その代わりに少女をきつく抱きしめた。
それに答えるように、少女を抱きしめる北斗の背に青白い手が震えながら恐る恐る触れてきた。

「わ・・・たし、死にたくなかった。もっと生きていたかった。もっともっとずっと・・・。」

北斗の腕の中で嗚咽を漏らす少女の姿が青白い光から徐々に色を取り戻していく。
憎悪に満ちていた声も穏やかなものとなり、生前の彼女の声そのものへと変化していった。
甘えるように縋るように北斗の胸の中で泣き続ける少女はもう悪霊ではなかった。
悲しみと憎悪で逝くべき道を見失い、寂しさと悔しさで心を闇へと投じてしまった哀れな霊がここにいた。


本来の姿を取り戻した少女の霊は暫くの間、北斗の腕の中で泣き続けていた。

「大丈夫だよ。」

北斗の言葉に少女が驚いた顔で見上げる。

「大丈夫まだ間に合うよきっと。」

涙でぐしゃぐしゃになった少女の顔を北斗は見下ろしながら、にっこりと微笑んでみせた。

「う・・・そ、できない、そんなこと・・・」

くしゃりと顔を歪ませながら首を振る少女はまた色を失い始める。

「できるよ!」

そんな少女に北斗はぴしゃりと強い口調で言い切ると

「そうだよね?」

と言いながら背後の人物に視線を送る。

「ああ、大丈夫だ。」

北斗の視線の先――意識の戻った兇が力強く頷いていた。
兇は北斗の傍まで近づくと、少女の肩に優しく手を置く。

「大丈夫、俺が君を導いてあげるから。」

だから安心して旅立つんだ。

隣で微笑む兇を少女は見上げ、その眼差しに力強い意思を見つけると、こくりと頷いた。
それを見た北斗は「お願い」と兇に少女を託し離れていった。
北斗が離れたのを確認した兇は、少女と対峙するように向き直りゆっくりと少女の頭に右手をかざした。
少女の頭上、兇の右手首から淡い光が輝きだす。
見るとその光は手首に嵌められた数珠の様な物から生まれていた。
光は突然パンとはじけたかと思うと、小さな球体になって辺りに散らばり、どこからともなく美しい鈴の音が聴こえて来た。
よく見ると数珠だと思っていたその光の玉は小さな鈴の形をしており音はそこから聴こえて来ていた。
ちりーん、ちりーんと澄んだ音色が辺りに響き渡り凝った闇を振り払っていく。
少女の背後にあった霊達が光に包まれ空へと昇って行く。
それに習うかのように少女の体も光に包まれ始めた。
ふわり、と少女の姿が霞みのように薄れると、ふと少女が視線を彷徨わせる。
ぴたりと止まった視線は北斗を捉えていた。

『ありがとう』

少女はそう一言呟くと微笑みながら光の軌跡を残してすうっと空へと消えていった。

「きっときっと生まれ変わってそして幸せになって!」

どうかどうか、と両手を握り締め北斗は消えていった少女に向けて何度も祈るように叫ぶ。
少女の残した光の粒が北斗に降り注ぐようにきらきらと輝いていた。

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