「いや〜凄かったね〜彼女。」

薄暗い道を家路へと歩いていた猛は、目の前の少女を見下ろしながら感嘆の声を上げた。
猛と兇はあの後、少女の霊を無事黄泉へと送り出し、緊張と疲れで気絶してしまった北斗を連れて校舎を後にしていた。
家路へと帰るその道のりの先は既に闇が薄まり東の空が白んできていた。

「あの子を”黄泉送り”できたのも彼女のおかげだね。」

兇の背中の上ですやすやと幸せそうに眠る少女を覗き込みながら猛は呟く。

「そうだな。」

ぶっきらぼうに、でもどこか優しい表情で兇は頷いた。

「ん〜それにしても、北斗ちゃんの寝顔は可愛いなぁ〜。」

「食べちゃいたいくらいだよ」と、にへら〜と蕩けた笑顔で北斗の寝顔を見つめながら猛は器用に兇の隣を歩く。
すると、すいっと北斗の寝顔が猛から離れた。

「やらんぞ。」

兇は猛からわざと離れると、半目で睨みつける。
ケチと言いながら猛はつまらなさそうに口を尖らせた。

「僕にも分けてよ!こ〜んなに可愛いんだからさ〜。」

不貞腐れていたのも束の間、猛は負けじとばかりに北斗へ顔を近づける。

「こら、やめろ!起きちゃうだろ!」

「え〜だってさ、今回の功労者なんだからもっとこう労うとか。あ、お姫様抱っこがいい!うんうん、女の子はお姫様抱っこに憧れるって言うしね〜。」

「家までお姫様抱っこだ!」と一人で納得した猛は実行に移そうと兇の背中に手を伸ばした。

「ちょっ!お前マジ起きるからやめろ!!」

「いいじゃんいいじゃん♪ちょっと位僕にも触らせてよ〜。」

二人の男が一人の女の子を巡って取り合う声が、静まり返った街中に響き渡る。
近所迷惑に近いその攻防戦は家に辿り着くまで繰り広げられていた。
そうとは知らず今回の功労者は、兇の背中で幸せそうに微笑みながらすやすやと眠っていた。





目を開けると見慣れた障子が目に入った。
まどろむ意識の中、見慣れた景色に安堵しながらあと10分と布団の中に再度潜り込みながら寝返りをうつ。
ふと、間近に温もりを感じ何だろうとうっすら目を開けた北斗の視界に――すやすやと寝息を立てる猛が見えた。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!またぁぁぁぁぁ〜〜〜!?」

爽やかな朝の陽光が照らす室内に乙女の悲鳴が木霊する。

スパーーーン

北斗の悲鳴が辺りに響き渡った後、数秒もしないうちに北斗の部屋の障子が勢い良く開かれた。
そこに立っていたのは、両腕をこれ以上ない位に広げて障子を開き、走って来た体を支えるべく両足を大きく開げてその場に踏み止まる兇がいた。
ここに来るまでの間わずか3秒――驚異的な速さだ。
しかも寝起きなのだろう肌蹴けた浴衣が妙に色っぽい。
そして北斗の布団の中でスヤスヤと子供のように眠る猛を見つけた兇はピクリと眉を上げた。

「んん〜」

そんな兇を知ってか知らずか猛は寝返りをうつと
あろう事か北斗を抱き寄せ頬擦りをしながらまた夢の中へと落ちて――

「行かすわきゃねぇ〜だろっ!」

ごいん

兇の怒鳴り声と共に、鈍い音が響いた。

「いったぁ〜〜」

盛大に頭部を殴られた猛は何事かと飛び起きる。

「痛っ!?何々?あ、北斗ちゃんおはよう♪てか、痛いよすっごく何が起きたの?」

頭を抱えながらも、その横に北斗が居るのを見つけると爽やかに挨拶をしながら痛みに悶える猛がいた。
そんな猛を見下ろしながら兇はふんと鼻を鳴らす。

「あ、兇君おはよ〜。いつも早いねぇ〜。」

あははと笑い声さえ聞こえてきそうなほど暢気に挨拶をする猛に悪びれた様子は無い。

ビキッ

その瞬間兇の眉間に青筋ができた。

「お〜ま〜え〜は〜〜」

兇の顔に影が落ちる。
わなわなと肩を震わせると、身も凍えそうな低い声を出しながらギロリと猛を見下ろしてきた。

――あ、やばっ・・・

猛が身の危険を感じた時には時既に遅く。
ピシャーンと雷が落ちるが如く兇の怒りが猛に直撃したのだった。





もくもくもくもく

今日の朝食の風景は実に静かだった。
毎度の事ながら――いや正確には兇が睨みをきかせていたので最近は無かったのだが――猛の夜這い(?)のせいもあって気まずい雰囲気が流れていた。
夜這いは未遂で終わったのだが、いつから北斗の布団に潜り込んでいたのかは不明だった。
猛もそこは意地なのか頑なとして口を割らない。
それが面白くない兇は食事の間、始終隣の猛に絶対零度の殺気を放っていた。
気を抜くと失神してしまいそうな程の殺気に、猛はあはははは〜と乾いた笑顔を張り付けながら喉を通りそうも無い朝食を口に運んでいた。
その頭部には2箇所にたんこぶができていた。
その相変わらずな朝の光景に北斗はくすりと笑みを零した。

「どうしたの?」

それを目敏く見つけた猛が北斗に声をかける。
隣で兇が忌々しそうに――北斗には聴こえないように――ちっと舌打ちをしていた。

「え、うん。やっと終わったんだなぁって。」

そう言いながら北斗は微笑んだ。
北斗の言わんとしている事を悟った兇は

「うん、もう大丈夫だよ。あの子も無事帰れたみたいだから。」

だから安心して。
蕩ける様な微笑と共に兇は優しい声音で肯定する。
うん、と北斗は頬を薄っすらと染めながら頷いた。
朝の楽しいひと時。
兇と猛は気づかなかった。
この目の前の少女が重大な決断をしていたことを。

第1章完
第2章へ続く

≪back  NOVEL TOP