ううううう、やっぱり・・・やっぱり思った通りだぁ〜。
北斗は足を引きずりながら渡り廊下を歩いていた。
体育の授業は女子は体育館でバレーボールだった。
しかも男子は外でサッカーだ。
完全に兇と離れ離れになってしまった北斗は、女生徒達の恰好の餌食となった。
この機会を逃すものかと目の色を変えて女達は攻撃してきた。
そう、バレーボールと言う名の凶器で・・・・。
しかも運の悪い事に親友の若菜は相手チームになってしまった。
味方には何人か仲の良い友達もいてフォローをしてくれたのだが、しかし今回は相手が悪かった。
相手チームにはバレー部のエースの子が居たのだ。
しかも兇のファンクラブの一人でもある。
抜群のコントロールでアタックをする彼女の攻撃には鬼気迫るものがあった。
その迫力に北斗をはじめ、味方チームも翻弄されてしまう。
しかも、北斗ばかりを狙ってくるので友達もフォローのしようが無い。
バシッ ビシィーっと切るようなアタックに北斗は何度も吹き飛ばされた。
仕舞には転んで膝を怪我する惨事にまでなってしまった。
右膝をかばい、足を引きずりながら保健室へ行く北斗の背後に、これみよがしに陰口を叩く女生徒達。
「いい気味」
「ざまーみろ」
くすくすと笑う声まで聞こえる。
突き刺さるような揶揄に北斗は唇を噛み締め耐えた。
――負けるものか!
「大丈夫?」
振り向くと、肩を貸してくれていた若菜が心配そうに顔を覗き込んでいた。
先程の光景をネットの向こうで目の当たりにしていた若菜は酷く心配そうな顔をしていた。
「だ〜いじょうぶだってこの位!」
北斗は心配をかけないように勤めて明るく振舞った。
「でも・・・」
擦り剥いた膝を見ながら若菜が心配そうに言う。
そんな若菜に北斗は
「でも、若菜が保健委員で良かった〜。他の子じゃあ何されるかわかんないもんね。」
と言っておどけながら嬉しそうにウインクして見せた。
「ふふ、そうね。」
そんな北斗に若菜は少しだけ笑って頷いた。
保健室に入った北斗達は中に居た先客を見て驚いた。
「す、鈴宮君なんでここに?」
「あれ?どうしたの二人とも。」
驚いて声を上げる二人に兇はきょとんとした顔を向けながら首を傾げていた。
二人を巡視した後、北斗の右膝を見て兇は思わず立ち上がった。
「那々瀬さん怪我!」
「あ〜これは体育の授業で転んじゃって。」
慌てる兇に北斗は何でもないように笑って見せた。
しかし、兇は北斗の横で気まずそうにする若菜を見て何かあったのだと勘付いてしまった。
「俺の・・・せいだね」
哀しそうに顔を曇らせる兇に若菜と北斗は慌てた。
「大丈夫だよ、そんなんじゃないから!ね、若菜?」
「え、ええ、ただ試合中に転んで膝を擦り剥いただけだから、もう北斗はおっちょこちょいなんだから。」
あははははは〜と二人肩を組んだまま演技かかった笑い声をあげた。
その姿を兇が怪訝そうな顔で見ていたが
「そう、ならいいんだけど。」
兇はふっと小さく笑うと納得したように頷いた。
「あれ、そう言えば鈴宮君はなんでこんな所にいるの?」
若菜に治療をしてもらいながら北斗は今気づいたとばかりに兇に質問した。
兇を見ると体育着ではなく制服の姿のままだった。
確か男子は校庭でサッカーのはずだ。
北斗が不思議そうに首を傾げていると
「え、俺?ええっと、その・・・」
と、兇は気まずそうに言い淀んだ。
その兇の様子にピンときた若菜がフォローするかのように口を開いた。
「大方、見学者の女の子達に囲まれそうになったんで、ここに非難して来たんでしょ?」
ぴたりと言い当てた若菜に兇は目を丸くしながら彼女を見上げた。
ちょうど、治療を終え立ち上がった若菜と目が合った。
「ま、まあ・・・実はそうなんだ。」
兇は「良くわかったね?」と、はははと乾いた笑いを浮かべながらそう言った。
「ここに来る途中、女の子達の歓声が聞こえてきたわ。」
「あ、そう言えば。」
若菜の言葉に北斗も頷く。
「うん、俺が試合出ると他の生徒達が授業受けないからって先生に言われて・・・・。」
兇はなんとも気まずそうに頬をぽりぽりと掻きながら事の次第を説明した。
「やっぱすごいね。」
若菜と北斗は、兇の人気の高さを改めて再確認したと感嘆の声をあげた。
そこへ、体育着姿の光一が現れた。
「お〜い兇授業終わったぞ〜!と・・・」
兇に向かって言いながら中にいるメンバーを見て光一は目を丸くした。
「なんだ皆いたのかよ。」
今や校内で有名になってしまった北斗と兇に苦笑いしながら光一は言うと、保健室の中へと入ってきた。
「なんだ〜?北斗、怪我してんのか?」
「あははは〜ちょっと転んじゃってさ〜。」
北斗の怪我に気づいた光一が驚きの声を上げると、北斗は照れくさそうに笑って言った。
「たく、鈍臭いな〜。」
気をつけろよ、と光一は苦笑しながら北斗の頭をぽんと叩く。
その動作に北斗は胸の中がじんわりと温かくなるのを感じた。
ここにいる皆は優しい。
若菜も兇も光一も。
つんと鼻の奥が痛くなるのを感じて慌てた。
――泣いちゃだめだ、みんなに心配かけちゃう。
北斗は鼻から伝わる痛みを振り払うように頭を振った。
「どうした?」
突然頭を振り出した北斗に光一は怪訝な表情で聞いてくる。
「ううん何でもない」
目尻に涙を滲ませて北斗はおどけたように笑ってみせていたが、側にいた誰もが北斗の涙を堪える姿に気づいていた。
「なあに〜北斗、傷が痛いんじゃないの〜?」
そんな北斗を励ますように若菜がわざとおどけてみせる。
「もう、子供じゃないんだから〜。」
そんな若菜に合わせる様に北斗は頬を膨らませて怒ったフリをした。
「なんだ〜痛いのか?なんなら俺が舐めて・・・ぐはっ」
便乗してセクハラ発言をしようとした光一がいきなり床に蹲った。
そのすぐ横では腕組みをしながら椅子に座る兇が、眉間に皺を寄せながら凶悪な笑顔を光一に向けていた。
椅子から伸びる長い足の片方は不自然に光一の方へ向いている。
「傷を、なんだって?」
にっこりと微笑む兇の笑顔は凍て付くツンドラの大地よりも冷たかった。
――蹴ったんだ。
――蹴ったのね・・・。
二人の少女達は床で蹲る光一に冷ややかな笑顔を向ける兇を見て震え上がった。
――なんか黒崎君て猛さんみたい・・・。
ここには居ないあのおどけた笑顔を思い出し北斗は一人納得していた。
だから鈴宮君は黒崎君といると生き生きしているのだと。
北斗が一人納得している横で、若菜もまた驚いていた。
――あの鈴宮君が・・・・。
いつも温厚そうにしているけど猫被ってたんだわこの人。
今だ身も凍るほどの笑顔を張り付かせた兇の横顔を見ながら若菜は「侮れないわこの男」とさらに警戒心を強めるのであった。
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