「またね〜。」

「バイバ〜イ!」

授業の終わった放課後、正門へと向かう途中。

「ちょっといいかしら?」

北斗達の行く手を阻むように、道の真ん中で数人の女生徒達が腕を組んで待っていた。

「那々瀬北斗さん、ちょっとお時間いただけないかしら?」

そう言いながら、女生徒の中からひと際目立つ女が前へ出てきた。
緩やかなカーブを描く長い髪を鬱陶しそうに払いのけながら言ってきたのは兇のファンクラブ会長の高円寺 魅由樹だった。
 
「何ですか高円寺さん、私達帰るんですけど。」

若菜は北斗を庇うように前に立つと苛ただしげに魅由樹に言った。

「ちょっとだけよ。」

そう言うと北斗の腕を掴み引きずり出そうとする。

「やめなさいよ。」

若菜も負けじと止めに入るが多勢に無勢、あっという間に北斗は引きずられていってしまった。

「貴方は来なくていいわよ。」

邪魔だから、魅由樹はくすりと笑いながら女生徒達に捕まり悔しそうにしている若菜に言うと校舎の向こうに消えていってしまった。

「くっ・・・」

若菜は悔しそうに歯軋りする。

「高円寺様何をなさるのかしら?」

「楽しみ〜。」

若菜を拘束する女達は侮蔑も露に楽しそうに囁き合っていた。

――何とかしなきゃ・・・・。

若菜は北斗の連れて行かれた先を見つめながら何とかしなければと一人焦っていた。





一方その頃教室では――

「ん?あれ若菜達じゃねえか?」

何気なく窓を見ていた光一が呟いた。

「なんか、やばそうじゃね?」

光一の言葉に兇が乗り出すように窓の外を見下ろす。

「!!」

その光景を見るや兇は教室を飛び出していった。

「いってらっしゃ〜い♪」

兇が走っていった廊下に向かって光一は暢気に手を振る。

「なんだ?どうしたんだ?」

まだ教室に残っていた数人の男子生徒たちが、血相を変えて飛び出していった兇に驚き何事かと光一に聞いてきた。

「ん〜?攫われたお姫様を助けに行った。」

愛だね〜、と楽しそうに呟く光一の言葉に、男子生徒たちは合点がいったのか顔を見合わせると

「こうしちゃいられねぇ〜!」

と、ばたばたと教室を飛び出していった。

「みんな好きだね〜。」

光一はそんなクラスメート達に苦笑を漏らしながら、「俺も行こ!」と楽しそうに教室を後にするのだった。





「どういうつもりかしら?」

「ど、どういうって・・・」

魅由樹の言葉に北斗は口篭る。

――何て言えばいいのだろう?

北斗は内心困惑していた。
数人の女生徒達に無理矢理体育館の裏に連れて来られ、何をされるのかと思いきやいきなりこの質問である。
てっきり、痛い目に遭うと思っていた北斗は意外な展開に拍子抜けしていた。

「あら、しらばっくれるおつもり?」

魅由樹は腰に手を当てながら片方の手で北斗をビシッと指差し怒りも露に言ってきた。

「兇様と一つ屋根の下に暮らしている事ですわ!」

「う・・・」

魅由樹に突きつけられた事実に北斗は顔色を変えた。

――ば、ばれてる〜?

「ネタは上がっていますわよ。」

なんで、どうして?と狼狽する北斗に魅由樹は「ふふん」と胸を張る。

「わたくしの情報網を侮ってもらっては困りますわ!さあ、どういうことか説明してもらいますわよ!!」

得意満面な顔で言う魅由樹に北斗はどう説明したらよいのかわからず冷や汗を流した。

――ていうか、どういうつもりもこうも何も無いし・・・・。

確かに兇とは一つ屋根の下にいるにはいるが、色恋沙汰といったものはほとんど無かった。
というか、そんな場合では無かったと言った方が正しい。
そもそも兇の家に泊めて貰っていたのだって、悪霊に狙われてたからであってあの時はほんとやばかったし。
何度も命を狙われ、その度に兇達に助けられていたのだ。
そんな暇なんか無い!

――ま、まあ何度か抱きついちゃったりとかもしたけど・・・。

その時の光景を思い出し、北斗は思わず頬を赤らめてしまった。

「な〜にを思い出し笑いしてるのかしら?」

北斗が俯いていると魅由樹の怒気を孕んだ声がすぐ近くで聞こえた。
顔を上げると鼻先すれすれまで近づいた魅由樹の顔があった。

「ひゃあぁぁぁぁぁ!」

「な、失礼な!わたくしの顔を見て悲鳴をあげるなんて!!」

顔を上げた途端悲鳴をあげる北斗に魅由樹は眉をピクピクさせながら憤慨する。

「まあいいですわ、言いたくなければそれも良し。でも」

魅由樹はわざと言葉を切ると

「これ以上兇様に近づかないでもらいましょう!」

声を張り上げて言うと近くに居た女生徒達が動いた。

「少し痛い目をみてもらいますわね。」

そう言ってにっこり笑う魅由樹の顔は悪魔のように見えた。

「魅由樹様、用意できました。」

一人の生徒が魅由樹に伝える。

「そう。」

くすくすくすくす

魅由樹や他の生徒達が北斗の方を見ながら嫌な笑いを零す。
嘲る様な哀れむような侮蔑を含めた笑いだ。

「まずは、水責めですわね。」

そう言いながら魅由樹が顎で示すと、数人の女生徒達が北斗の前に出て来た。
その手にはもちろんバケツを持っている。

「「せーの」」

女達のかけ声と共にバケツの中の水が勢いよく北斗の方へと向かってくる。

バシャア

派手な水音が体育館の裏で響いた。





「な・・・・!」

「うそ?」

「や、やだ、どうして?」

女生徒達の驚愕の声と共に、ピチャピチャと服で吸い切れなかった水が地面に落ちる音が聞こえてきた。
北斗が恐る恐る目を開けると――
頭から水を被った兇が北斗を庇うように抱きしめていた。

「な・・・兇様が!」

「いや〜兇様ごめんなさいぃぃぃ!」

女達は目の前で起こった光景に信じられないと悲鳴を上げた。
自ら兇に水をかけてしまった女生徒は蒼白になりながら兇に向かって何度も謝り。
他の生徒達はいきなり起こった惨事にただただ呆然としていた。
そして、魅由樹はこの事態を信じられないといった様子で二人を見ていた。

「きょ、兇様、な、なぜその子を庇うのですか?」

魅由樹は震える声で兇に聞く。

「高円寺さん」

兇は北斗を抱きかかえたまま魅由樹に振り返った。

「那々瀬さんは僕にとって”大事な人”だから。」

そう言って北斗をきつく抱きしめた。

嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

その瞬間、辺りからどよめく程の悲鳴が聞こえてきた。
驚いて周りを見ると、何処に隠れていたのか数十人もの女生徒達が泣き崩れていた。

「嘘よ兇君、なんで那々瀬さんなんかと」

「いや〜信じたくない〜」

など等、女生徒達は口々に叫ぶとバタバタとその場を逃げるように走り去って行ってしまった。
その凄まじい光景に、北斗はもちろん兇までもが口をぽかんと開いて固まっていた。

「す、すすす凄いね・・・。」

沈黙を破ったのは北斗だった。
顔は真っ青のまま女生徒達が走り去っていった場所をまだ見ている。

「う、うん・・・。」

この惨状を巻き起こした当事者でもある兇もまた、口元を引き攣らせて頷いた。
女生徒達がバタバタと走り去りやっと静かになった、と北斗が安堵の息を吐こうとした時――
どこからともなく歓声が沸き起こった。

「うおおおおお!兇やるな〜!」

「ほんと、マジかっこよかった!」

「すげーマジスゲ〜!よく間に合ったなぁ?」

草の陰からわっと出てきた男子生徒たちにあっという間に囲まれ、口々にもてはやされる。

「え?え?」

「な、なに?」
北斗と兇はいきなり現れた野次馬に驚きながら自分達を囲む生徒達を見回した。

「て、いうか・・・・もしかして?」

「おう!ばっちり見させてもらったぜ!」

口元を引き攣らせながら青褪める兇に、いつの間に出てきたのか光一が、さも当然とばかりに肩に手を乗せながら楽しそうに頷いていた。

「いや〜いいもん見せてもらった〜♪」

「おう、俺も彼女欲しくなったよ。」

「式には呼べよ!」

わっはっはと、男子生徒たちは口々に言いながら北斗と兇の体をバシバシ叩き、散々言いたいだけ言って満足したのかぞろぞろと帰っていった。
後に残された二人はというと――

夕日の沈む体育館裏で抱き合ったまま固まっていた。





体育館での珍事が起こってから半時。
ようやく事態を飲み込み、立ち直った北斗は男子更衣室の前にいた。
もちろん、中で着替えている兇を待っているのだ。

「あ、あの鈴宮君。」

北斗は躊躇いながらドアの向こうに声をかける。
すぐさま「何?」と兇の声が返ってきた。

「あ、あのタオル借りてきたから、使って。」

そう言いながらドアを開けて中へと入った北斗の目に飛び込んできたのは――。

上半身裸姿の兇だった。

「ありがとう」

しかも兇は礼を言うために振り返った為、北斗は真正面から兇の体を見ることになった。

広い肩幅。
思ったよりも厚い胸板。
腕には程良く付いた筋肉。
服の上からは想像もつかない、引き締まった男の体が北斗の目の前に晒されていた。

ひゃあぁぁぁぁ!裸!はだか〜!!

女の――北斗の体とは全く違うその造りに北斗は慌てた。
目の保養・・・じゃなくて!目の毒だと、北斗は真っ赤になりながら俯く。

「あ、あのタオル。」

はい、と顔を真っ赤にさせて俯きながら慌ててタオルを差し出した。

「ありがとう。」

そう言ってタオルを受け取りながらにっこり微笑む兇の笑顔は最強で。
ちらりと見上げた北斗は更に顔を赤くさせたかと思うと、兇から逃げるように勢い良く後退った。
背中にドンという衝撃と共にガタッと何かが崩れる音が聞こえてきた。

「危ない!」

切羽詰った叫び声と共に北斗の体は温かいものに包まれる。
続いてドサッと何かが足元に落ちる音が聞こえてきたかと思ったら、僅かな衝撃が体に伝わってきた。

「いって〜。」

そのすぐ後に、兇は頭を押さえながら呻き声を上げる。
あっという間に起きた出来事に北斗は暫くの間呆然としていたが、助けられたのだと気づくと慌てて兇に声をかけた。

「だ、大丈夫?」

言いながら兇が押さえている頭に手を伸ばす。
何か硬いものが当たってしまったのかと不安になった北斗は、自分の置かれている状況も気にせず兇の至近距離まで近づいた。
ふと、さらりと柔らかい兇の髪の毛の感触に、はたと気づいた北斗は思わずどきりとしてしまい伸ばしかけた手を止め顔を上げた。
北斗が顔を上げた事でお互いの距離が更に近くなり、目の前に迫った兇の顔を見て動きが止まる。

「ん、ああ、大丈夫だよ。」

そんな北斗に気づかずに兇は痛む頭を擦りながら北斗を見下ろし、そこで初めて異変に気がついた。

「那々瀬さん?」

「え、あ、あのご、ごめんなさい。」

北斗は我に返ると慌てて兇に謝り赤くなった顔を隠すようにまた俯いてしまった。
その北斗の反応にようやく兇も己の取った行動に気づいた。
北斗がよろめいた時、ロッカーにぶつかった拍子に上においてあった箱が北斗めがけて崩れてきた。
咄嗟に北斗を助けようと盾になったのは良かったのだが、これではまるで自分が北斗を襲っているようではないか。
腕の中で身じろぎする北斗の体の温もりに知らず体が熱くなってくる。

「あ、いやこれは不可抗力で・・・」

己の内に燻り始めた熱を誤魔化すように兇は慌てて弁解した。

「あ、ううん。鈴宮君が庇ってくれたんだよね、ごめんね痛かったでしょう?」

北斗は慌てて兇に視線を合わせると、ぶつけた頭に手を添えて申し訳なさそうに言った。
下から見上げてくる視線に兇はいけないと思いつつも可愛いなと思う。

「那々瀬さんが無事ならいいんだ。」

兇は頭を撫でる北斗の手の動きに合わせて心なしか頭を下げるとにっこりと笑った。
怪我が無くて良かったと安堵しながら兇を見ていると、ふと体育館の裏で兇が魅由樹達に言っていた言葉を思い出してしまった。
思い出してしまうと恥ずかしくなり、また真っ赤になって俯いてしまった。

――す、鈴宮君が言った事、あれどういう意味だろう・・・・。

火照った頬を冷ますように自分の手で押さえながらそんな事を考えてしまう。
ちらりと見上げてみると、突然俯いてしまった北斗を不思議そうに見下ろす兇と目が合った。

――き、聞いてみようかな?

北斗はばくばくと煩く鳴る心臓の辺りを握り締めながら意を決して兇に尋ねてみた。

「あ、あの・・・・さっき言ってたあれって・・・。」

「え?さっき?」

「う、うん・・・体育館で高円寺さん達に言ってた・・・・」

そこまで聞き、北斗が聞こうとしている内容を理解した兇はかっと顔を赤くしたかと思うと恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。

「あ、え〜と・・・・。」

兇は気まずそうに口篭る。

「その場の勢いで」とか「つい」など、恥ずかしさで焦る兇はそんな事を思わず口走ってしまった。
その言葉に、北斗はあれはその場しのぎに吐いた嘘だったのだと思い、熱かった頬がみるみるうちに冷めていった。

――何やってんだろ私・・・・。

ちょっとは期待してしまった自分が恥ずかしくなり、兇から逃げるように離れた。
突然突き放すように離れてしまった北斗に兇は驚いたように目を瞠ると。

「どうしたの?」

と心配そうに顔を覗き込んできた。
そんな兇に今の自分の顔を見られたくなくて、北斗は隠すように背を向けると

「ご、ごめん変なこと聞いて。私外で待ってるね。」

言うや否や逃げるように更衣室から出て行ってしまった。
突然自分から離れてしまった北斗に兇は訳がわからず、ただ呆然と北斗の出て行った扉を見つめていた。
その後は、何事も無かったように振舞う北斗と一緒に帰ったのだが、いつもより明るく振舞う北斗に兇はえも言われぬ不安を感じ困惑するのであった。



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